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エリアF -ハレーションホワイト- 30
「十代の男性、心肺停止、瞳孔左右6mm対光反射認めず。」
この地域一帯での重篤な患者は、ここ再教育センターのF棟、通称再生館に運び込まれる。なぜなら、人間を蘇生させる技術と設備において、あらゆる病院より、ここが最も優れているからである。
緊急処置室に運ばれる間に、私は大雑把なこの患者のデータを手に入れた。いわゆる脳死状態である。仮に脳が生きていたとしても、全身の損傷の度合いを見れば、助かる確率は0である。
「全身打撲。それから、腹部から下にはタイヤ痕があります。ダブルのタイヤで轢かれたのでしょう。」
「内臓は」
「おそらく全てダメですね、M先生」
救急車に同乗していた医師が、私に告げた。詳しく調べなくても、状態はわかる。それほど、体の損傷は酷かった。
患者のあらゆるデータは脳死状態を示していたが、私は必ずしもこれが完全な脳死を現していない事を知っていた。脳死の判定は、身体の反応で見る。末端の神経の状態で、脳の状態を推測するのだ。これはおよそは正しい判定となる。しかし、例えばもし脳から瞳孔につながっている神経回路の途中が切断されているとしたら、たとえ脳が正常であったとしても、瞳孔の対光反射はない。
「すぐに脳情報のダウンロードの準備をしろ。MGRI(Multiple Gravitational Resonance Imaging)でのスキャンもだ。」
「えっ」
皆が一様に、いぶかしげな顔をした。
「先生、どう考えても、もう手遅れです。蘇生の見込みはありません。MGRIのスキャンは、おそらく無駄かと・・・」
「いや、もし、万一脳がまだわずかでも機能していたら、それを逃す手はない。脳の機能が完全に停止してしまえばおしまいだが、そうでない限り、脳のデータをダウンロードできる可能性がある。そうである以上、最善はつくす。」
「MGRI、わずかに反応があります!」
「よし、いそげ。できうる限りの神経端末から、情報を取るのだ。そら、もっと電極(プラグ)をつなげ、脊髄にもだ。もっとだ。」
「もっと、たくさんつなげ。そうでないとデータが十分落とせないぞ。」
「しかし先生、これ以上電極をつなぐと、脳の神経の破壊される部分が多くなってしまいます。」
「ほっておいたら、どうせ死ぬんだ。せいぜいあと20分。いや15分もつかもたないか。わずかな神経の損傷など、気にするな。」
少年が10数年間に渡って蓄え、知恵や技術として向上させてきた脳のあらゆるデータが、クオンタム上にダウンロードされていく。
「MGRI、弱まっています。」
「いそげ、いそげ、できる限りやるんだ。」
私はその場にいる医師、看護師全員にハッパをかけて、今まさにその命を閉じようとしている少年の脳の情報を、保存できるだけ保存しようと思っていた。
「MGRI、反応が止まりました。」
「どれぐらいダウンできた?」
「そうですね、およそ92~95パー」
上出来だ。90%もダウンロードできていれば、日常生活に支障はないだろう。
「よし、血液を抜いて、代わりにサクロニンβ19%注」