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エリアF -ハレーションホワイト- 23

 そこは真っ暗やみだった。初めて瞬間移動した時も、その移動先は全く無機質な座標空間であった。でもそこはまだ光があった。ここには光もない。光がないということは、論理座標に光のデータが書き込まれ(プログラミングされ)ていないことを意味する。これはつまり、ここは人の立ち入る可能性のない場所ということになる。

「もしかして・・・」

 光のデータが書き込まれていない以上、論理座標をスキャンしなければ、ここがどこなのか、周りには何があるのか、ぼくには何も分からないことになる。ぼくは慎重にぼくの足元から座標データをスキャンし始めた。

 これは巨大なデータ格納庫だ。やっぱりそうだ。ぼくの思った通りだ。とんでもない所へ来てしまった。ここへだけは来てはいけなかった。ここはE管理域だ。ぼくは背筋が凍り付くのを覚えた。

 ここで発見されれば、裁判なしの死刑である。ヘッドセットから送り込まれる特殊な電磁波で、ぼくは一瞬にしてあの世の人間となる。とにかくここからでなければ。瞬間移動だからここへ入り込むことができたのだろうが、本来こんなところに出入り口があるはずもない。ここから出るには、また瞬間移動を使うしかない。

「しかたがないさ」

 再びどこへ飛ばされるか分からないまま、ぼくは瞬間移動せざるを得ないことになってしまった。

 この地点の物理座標を探る。それしか方法がない。ただ見つからないことを祈るだけだ。物理座標は、

「・・・」

 ない。物理座標がない。どういうことだ。ぼくは少し移動して、その地点の物理座標を探した。やはり、ない。他の幾つかの地点について探してみたが、どこも同じだった。そういえば、聞いたことがある。ここは、二つの座標を重ねて造られている六次元仮想空間だが、このE管理域に限って、セキュリティーを厳重にするため、論理座標と物理座標とを完全に分離してあるのだと。だからE管理域をハックするなど、原理的に不可能なのだと、Q-HACKER仲間の先輩から教わったことがある。ぼくは偶然にも、誰もが知らない瞬間移動という方法でここへ迷い込んでしまったが、たとえ瞬間移動の技を知っていようと、物理座標を探ることの出来ないここから出るのは不可能らしい。ぼくはどうやら、完全に閉じ込められてしまったようだ。

 その時、が見えた。赤く鋭い光が右から左、また右から左と、規則正しく移動しながら、少しずつこちらへやってくる。システムによる、データのリードかライトが始まったのだろう。或いは、侵入者を発見するセキュリティシステムの稼働かも知れない。光は恐ろしい速さで、読み込みを続けている。どんどんぼくに迫ってくる。とにかく逃げよう。どちらへ。何も見えない。迫ってくる赤い光以外何も見えない仮想空間を、ぼくは必死になって逃げた。暗やみの中で、どちらが上か下かもわからない。溺れもがいている遭難者のように、ぼくは両手、両足で、ひたすら闇をかき続けた。しかし、ぼくの背後の暗闇は、だんだん赤みを帯びた闇へと変化していっていた。逃げた、逃げた。それでも赤い閃光は、ぼくを追いかけてくる。ついに、ぼくの前方までが、閃光の余波で、薄く赤く見え出した。そして

「あああああああああああああああああああああ・・・」

続く


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