エリアF -ハレーションホワイト- 28
ぼくは尋ねた。
「冷凍保存される元の被験者はどうなるのですか。」
指導教官は、口の端だけで笑いながら言った。
「処分だ。同じ人間が二人いてどうする。」
元の個体、被験者のオリジナルの方は、抹殺されるというのだ。
「だから、麻酔をかけて眠らせるのだ。いくら再生されより良くなったクローンが代わりに生きていくとはいえ、自分自身はやっぱり死にたくないだろうからな。」
「ではどうして、元の個体を冷凍して生かしておくのですか。」
「クローン技術は、まだ十分に確立していなくてね。半分以上は、未分化のまま細胞死する。細胞分裂が正常に行われた場合も、非常に発癌性の高い細胞になったり、奇形を生じたり、安定した個体になるまで成長するのは、およそ21%にすぎない。」
「場合によっては、いくらちがう場所から採取した細胞によって、さまざまな方法で培養しても、安定した個体にまで成長しない場合がある。『再教育失敗』だ。」
「クローンがうまく成長しても、脳にデータが移植できなくて失敗することもある。」
「再教育が成功するか失敗するか、最終判断までには数年かかる。失敗だと判定された場合、元の被験者を蘇らせなければならない。だから冷凍保存で生かしておくのだよ。」
恐ろしい、恐ろしいことだ。再教育とは、元の個体から細胞を培養して、クローン人間を造ることだったのだ。なんて恐ろしいことだ。
「どうした早乙女、顔が真っ青だぞ。そんなことでは、1級の技術を習得できないぞ。」
「だいたい君も、この再教育1級プログラムで、最高度の能力を身につけたのではなかったのかな。これぐらいのことで驚いていてどうする・・・」
え、どういうことだ。ぼくがこの再教育プログラムを受けていた?
「おや、知らなかったのか。君は、ああ、そういえば君は、本人の同意ではなく、事故で治療不可能の大ケガを負ったから・・・」
ぼくが、ぼくが、もしかして、ぼくはクローン?
ああ、頭が痛い。頭が割れそうに痛い。白い天井、白い壁、白い廊下、そしてそれらに反射される白い照明の光が、ぼくの眼を刺す、そして頭を刺す、キリキリと、キリキリと。ああ、ああ、頭が割れそうに痛い・・・
(どうした、おい、早乙女、早乙女、)
遠くで呼ぶ声が聞こえる。でも、意識は遠のいてゆく。