クロスオウヴア 01
■■■ 夜 明 け 1 ■■■
「・・・二十世紀末に解読さたヒトの遺伝子について、その持つ役割がついに全てに判明した模様です。帝都大、平安大、生化研など大学および公的研究機関を横断的に組織されていました、日本のヒトゲノム計画遺伝子解析チームは本日午前10時より記者会見を行いまして、帝都大学教授横山明暢チーム主査はDNAの構造の…」
(へーえ、DNAの解読、ね。)
佑右はPHC(Personal Handy Computer)といわれる携帯コンピュータのWVDに映るニュース番組を、生物の教科書の陰で見ていた。弁当なら教科書では隠しきれないが、PHCなら十分だ。ワイヤレスホンも耳の穴にすっぽりと入って隠れるし、全く技術の進歩は素晴しい。コンピュータ本体やディスプレイなどを単純に小型化するということは、かつてから技術的には可能であった。しかし、かつて使われていたスマートフォンでも指摘されていたように、ディスプレイを小さくすると細かい部分が見えない、キーボードを小さくするとキーが打ちにくくなるなど、別の課題があって実用化は長い間なされていなかった。しかし、近年WVD(広角ヴァーチャルディスプレイ)やEI(眼筋電反応入力装置)の開発によって、現在PHC本体は、100円ライターぐらいにまで小さくなっているのだった。EIはまだ誤作動も多く、改良の余地があり、FI(指筋電反応入力装置=指キー)の方が文字入力には実用的である。本体は十分小型化されたけれども、入力システムが追い付いていないのが現状である。現在開発されているIII(思考入力装置)が実用化されれば、ほぼ完全なモバイルシステム(通信システムも備えた、携帯型コンピュータシステム)となるだろう。
野添佑右は中美谷市立三桐高等学校の二年生である。中美谷市では「嘘の三八」ならぬ「国立の三八」と呼ばれ、毎年三桐高校と八雲高校が旧国立一期校の合格人数を争っていた。伝統的に三桐高校は理系でバンカラ、八雲高校は文系で上品といった空気があった。しかしながら、どちらも甲乙つけがたい優秀な学校で、各界の著名人も多く輩出していた。
「先生、DNAってなんですか。」
佑右は手をあげて質問した。
「おまえなあ、PHCをやっているんならやっているで構わないから、突然授業のじゃまをするのはやめてくれないかな。」
どっと笑い声が起こった。どうやら佑右が教科書の陰に隠れてPHCをさわっていることは周知のことだったらしい。
「ま、ちょうど次回が遺伝子の範囲だから、今回に限り野添の質問にも答えてやろう。」
先生の話によるとこういうことだ。DNAとは簡単に言えば生物の設計図である。DNAは細胞の染色体上にある遺伝子の本体で、デオキシリボ核酸という化学物質の略称である。その構造は有名ないわゆる二重螺旋構造、すなわちアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の四種のヌクレオチド塩基がねじれた梯子の様につながっているものである。それらの配列の組み合わせが生物の設計図になっていて、生体の種や組織に固有の蛋白質生合成を支配している。すなわち全く同じDNAの配列であれば、全く同じ生物になる。もちろん嗜好や性格などの「ソフト」や身長、体重などは発生後の環境によって違ったものになる場合があるが、生物学的構造としては全く同じ肉体、同じ「ハード」を持つことになるらしい。
「それって、DNAが全く同じならば、二人の人間は全く同じ人間だって言うことですか。うへ、気持ちわりい。」
考え方まで自分とまったく同じ人間が二人いると考えたのだ。
「全く同じ人間ではない。もちろん他人だ。まあ、他人と言うと語弊があるが、別人格を持つ人間だってことだ。例えば一卵性双生児がそうだが、卵が受精後に二つに別れたものだから、一卵性双生児は全く同じ遺伝子、DNAを持っているんだ。顔も姿も非常に良く似てはいるが、だからと言って、全く同じ人間が二人いる訳ではないだろう。」
「あっそうか。」
「とは言っても、一卵生双生児が同じような嗜好、性格、運動能力、学習能力を持つことは数々の追跡調査で分かっている。同じ遺伝子を持った以上、全く同じ肉体を持つ、いや正確に言うと発生以降の種々の条件、たとえば栄養が代表的な例だが、その条件によって多少は違った肉体にはなる。しかし、ほぼ同じ『目』で物を見、同じ『鼻』で匂いを嗅いで、同じ『舌』で味わうことになるから、たとえ脳の構造が違っていても、似たような考えや能力を示すだろうことはみんなにも想像がつくだろう。」
「それはどういうことですか。」
「うむ、そうだな、具体的な例で言うと、うん、ここに生物の教科書がある。みんな持っているな、野添以外は。」
佑右はPHCの防御壁に使っていた教科書を見てみると、生物ではなく物理の教科書であった。