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#161 久柳が想いを込めたギフトを届けるために、やめたこと

おはようございます。

お坊さんのファッションコーディネーター、
袈裟や仏具の企画販売することを通じて豊かなものを拡げていきたい
久柳-くりゅう- の 昌子久晃(しょうじひさてる)です。


ご用命をいただくのはありがたいけど、お断りしていること

先の記事の通り、仕事の上でお寺行事の記念品の相談を受けることがあります。お寺の行事のお祝いや、法要に対する供養でお金を包んでくださった方に対する引き出物のようなものですね。主催したお寺様から、参列してくださったお寺さまに対して贈られます。
ぼんやりとした相談から、「これでお願い!」と決めてご連絡をくださることだったり。

その中で、お断りしていることがあります。
「カタログギフト」です。
いやゆる、冊子になっていて、その中から好きな商品を選ぶやつです。
一般の冠婚葬祭向けのカタログギフトも浸透してますよね。

お寺行事の記念品で使われるカタログギフトって?

一般の方にはなじみがないかもしれないですが、お寺行事向けのカタログギフトってあるんです。
お寺のお坊さんが身に付けたり、お寺で使うものだったりするものが10~15点ほど掲載されたものです。
うちのような法衣店や仏具屋さんが独自につくっているものが多いです。
プリンタで印刷したものをまとめて留めて、冊子にしたような手作り感あるものも多いです。

かく言う私も使っていたことがあった

久柳として独立する前、父と一緒にやっていたころは、便利につかっていたころがありました。お客さんのニーズもそれなりにありましたので。

余談ですが、父は「お客さんから、こんなものつくれないか、と要望があって、おれが初めてやったんや」と言っています。ほんとかどうか定かではないのですが。それは30年近くのほど前のことですから、初めてではなかったにしても、業界では浸透していない新しい取り組みだったのでしょう。

さて、私もお客さんからニーズがあって、売り上げを作っていくことが楽しかったですから、要望に応じてカタログギフトを結構自分で作って、売っていました。

結構、扱っていた業者さんも多い時期があったと思います。
私のその一人でした。

カタログギフトが拡がっていった背景は?

表向き理由としては、
単純にアイテム・アイデアが出尽くして、ネタがなくなった
とか
好きなものを選んでもらうので無難
というものがあげられます。

また、「出すものがない」と言われたことがよくありました。
いわゆるネタ切れです。ネタ切れについては先の記事でも言いましたが、そんなことは絶対ないと思っています。

記念品は出尽くされて、ネタ切れ、とよく言われます。
私は、まったく違うと思います。
これだけ、世の中にモノづくりに携わっている人が多いのに、ネタが切れるなんてありえないです。
むしろ、ぼんやりした相談をクリアにしていくことは、他社さんとの差別化になっていくものと思っています。
すでにある、出来上がったものを売るのは誰でもできるし、価格だけの判断になります。

リンクの記事より抜粋

なぜ久柳は取り扱わないようになったか

生の声から

業界内で便利に使われて、広く浸透もしてきました。
と同時に、「欲しいものがない」「またこれか、と思った」「ちょっと(記念品を)開ける楽しみがない」と言う声が聞こえてくるようになりました。

コストの面

〇〇円のカタログギフトで、と言う風に予算言われてオーダー受けることが多かったのですが、選んでもらう商品の代金がそのままカタログの代金になるわけではありません。
商品の代金に加えて、送料・カタログ製作に係る諸費用・印刷代(自社のプリンタをつかったとしてもそれなりにかかります)・申し込み用の葉書代などがかかってきます。
特に今は送料がめちゃくちゃ高い。
例えば1万円のカタログギフトだったとしても、実際の掲載商品の代金は7000円ぐらいに設定しないと合わないのです。

考えることを放棄していないか、という自分への問い

お寺の記念行事や法要で贈られる引き出物(引き物)は、参列してくださった方が包んでくれたお金に対するお返し・お礼の意味もあります。
そのような意味のあるものを、この中から選んでくださいっていうことである意味、安易な方向で済ませるということ。それは考えることを放棄しているのではないか、と自問するようになりました。
言い方を変えると「うちは他のものを考えるアイデアがありません」と言っているように思えてしまったのです。

作り手さんの出番が減ることを助長しないか

私もそうでしたが、カタログギフトの掲載商品は、出来上がりの既製品や消耗品などが多く占めました。それらの商品と言うのは、大量生産商品であったりし、私が広く伝えていきたい職人さんの手を介さないものだったります。カタログギフトを売れば売るほど、職人さんの仕事が広まる機会を奪ってしまっているような気がしました。

ならば、職人さんの手仕事シリーズ、「匠の逸品」みたいなカタログを作ればいいという考えはあります。それについては後述します。

カタログギフトは久柳の方針には合わなかった

実は上記の理由から、久柳として独立する前から、カタログギフトはやめようと決めていました。久柳を創業するうえで「届けたいのは、想い」というスローガンを掲げてやる以上それを真っ当したいと思いました。

久柳の経営理念についてはこちら

今後一切やらないわけではない

現状、できるカタログギフトの形態だとしていかないでしょう。
しかしながら、それは未来永劫しないというわけではありません。

理念に合うカタログギフトができれば取り扱う可能性は十分にあります。
先ほど言いかけましたが、「職人の手仕事シリーズ」「職人の逸品シリーズ」のようなものができれば取り扱うこともあるでしょう。

今はその体制が調っていないというのが正直なところです。

もしかしたら資金力・組織力のある大きな業者さんが本気を出せば、開発してお取り扱いされるかもしれません。

最後に

せっかくオーダー頂いたものをお断りすることは、目の前の売り上げを取り逃がしてしまう事にもなりかねず、勇気のいることです。しかし、せっかく家の家業を飛び出し、独立までして、経営理念まで掲げてやったのだからそれにそれを追い求めたいと思いました。
カタログギフトのオーダーを受け、上記のような理由を述べて想いを伝えたところ、考えを改め、別の商品で久柳に注文してくださった方もいらっしゃいます。

資金力や組織力によらず、今できることを愚直に、掲げた理念に従って事業を進めていきたいと思います。

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