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フリー・ジャズなマイルズ69年コペンハーゲン・ライヴ

(5 min read)

公式 YouTube チャンネルで2020年3月に一日一曲づつ公開されたマイルズ・デイヴィスの1969年コペンハーゲン・ライヴ。ライヴの日付がどこにも記されていませんが、69年のコペンハーゲンなら11月4日です。バンドはもちろんロスト・クインテット(マイルズ、ウェイン・ショーター、チック・コリア、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネット)。

その1969/11/4コペンハーゲン・ライヴの計7トラックをいまでは続けて楽しむことができます。このコペンハーゲン・ライヴは以前から高音質のブートレグ CD-R が出まわっていてぼくも聴いてきましたが、やはりオフィシャルはさらに音がいいですね。さらに今回は上質のカラー映像付きということで、視覚面での享楽もあって言うことなしです。

1969年秋冬のヨーロッパ・ツアーは、ほんの数ヶ月前にスタジオで『ビッチズ・ブルー』を録音したばかりとあって、このランドマーク・アルバムと結び付けて語られることが多いですし、レガシー公式の見方としてもそうです。けれどもそのライヴ音楽をそのまま素直に聴けば、むしろ1960年代的フリー・ジャズとの関連が強いんじゃないかと思えるんですよね。

『ビッチズ・ブルー』(やそれに先行する『イン・ア・サイレント・ウェイ』)があきらかに1970年代を射程にとらえていたのとは、この点で大きく違います。やはりかねてより言われているようにスタジオでのマイルズは先駆的だけどライヴ・シーンでは保守的だったとの意見は的を射ているんじゃないでしょうか。スタジオではすでにロック/ファンクに踏み出していましたけど、ライヴではまだまだストレート・ジャズをやっていました。

映像で見るとこの1969年コペンハーゲン・ライヴでの五人は、特にボスがそうですが、カラフルでサイケデリックな衣装を着て演奏していますよね。ステージ映えを意識したとかいうよりも、当時の自分たちの音楽がどんな方向を向いていたのかの自己主張というかアイデンティティの反映として自然にこういう格好をするようになったんだろうと思います。

しかしながらそうであっても、ステージでくりひろげられている音楽は、といえば、1960年代後半的なサイケデリック/ヒッピー・カルチャーとは特に縁のなさそうな、欧州白人観客層にウケそうな、そんなフリー・ジャズを展開しているんだからおもしろいところです。ライヴでのマイルズ・バンドがロック・カルチャーの領域に踏み込んだのは1970年にフィルモアにどんどん出演するようになってからで、衣装も音楽も一致してヤング・ヒッピー・ジェネレイションに向くようになっていました。

1969年バンドは(音楽的に)その一歩手前ということで、スタジオで完成させていたファンク・マテリアル(「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」「ビッチズ・ブルー」「イッツ・アバウト・ザット・タイム」など)をとりあげてはいても、アプローチはまだまだジャズのものでした。こんな衣装を着てステージを展開していてもそうなんです。タキシードで演奏してもよかったくらいですよね。

それでもボスの吹いているあいだはいつも定常ビートに乗っているし、ロック/ファンクっぽいノリがあるんですけれども、二番手ウェインのサックス・ソロの後半〜終盤にかけてからアヴァンギャルドな手法を見せはじめ、そのままチックのエレピ・ソロになるとトリオ演奏で完全なるフリー即興の世界に入っていってしまいますよね。

たとえばこのコペンハーゲン・ライヴでもラストで演奏している「イッツ・アバウト・ザット・タイム」。もともとノリのいいファンク・チューンで、このライヴでもボスのソロのあいだはそうなのに、特に三番手チックのソロになると突如がらりと変貌しますよね。ポロ〜ン、ポロ〜ン、(デイヴが弓で)ギ〜、グゲ〜〜、ジャックもチーン、チーン、ってなんですかぁこれぇ?ビートも消えて原曲の面影は微塵もありません。

ジャズですからどのように展開してどのように姿が変わろうとも OK なんですけれども、個人的にはファンキーにグルーヴする音楽のほうが好きです。こういった演奏内容を聴くと、マイルズのロスト・クインテットが1969年ライヴでしばしばフリー&アヴァンギャルドに走っていたのはチックの主導だったのだろうか?と思っちゃいますよね。

「ビッチズ・ブルー」にしろ「イッツ・アバウト・ザット・タイム」にしろ、もとのスタジオ録音ヴァージョンを聴けばわかりますようにファンキーあるいはアーシーとすら言っていいノリのいいベース・ラインを持つグルーヴ・ナンバーなのに、1969年バンドだとだれもそれを演奏しないんですね。いっさい無視したまま進んでいます。同じ曲か?と思うほど。

70年に入ると、さすがにフィルモアに出演しなくちゃなんないということで(おそらくボスの指示で)レコード録音を聴きかえして、ファンクなベース・ヴァンプを再確認し、特にチックと(エレベに持ち替えた)デイヴが一体となってノリよくファンキーにそれを演奏し、ジャックにもタイトな定常ビート を叩かせて、バンドをグルーヴさせるようになります。そこからがぼくの大好きなロック/ファンク・マイルズなんですが。

でもその前のフリー・ジャズなアプローチが濃厚な1969年マイルズも、ジャズ・ミュージックとして聴けばこれはこれで楽しいですよね。ノリのよさ、グルーヴィな感じはないんですけれども、各人のソロ内容やリズム・セクションとの丁々発止のやりとり、テンションの高さなど、聴きどころも多いです。65年の「アジテイション」みたいな曲が(日付によっては「ラウンド・ミッドナイト」とかも)まじっても違和感がありませんね。

(written 2020.5.3)


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