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美しい、あまりにも美しいアヴィシャイ・コーエンの新作
(5 min read)
Avishai Cohen / Two Roses
イスラエル人ジャズ・ベーシスト、コンポーザー、シンガーのアヴィシャイ・コーエン。今年四月中旬にリリースされたばかりの最新作『トゥー・ロージズ』はクラシカルなオーケストラ作品ですが、ぼくの聴くところ、アヴィシャイの最高傑作に仕上がったに違いないと断言できる内容で、完全に惚れちゃって、ここのところ毎日ずっとくりかえし聴いています。
このアルバムでアヴィシャイと共演しているのは、アレクサンデル・ハンソンが指揮するスウェーデンのヨーテボリ交響楽団。+コアとなるジャズ・トリオにピアノのエルチン・シリノフ(Elchin Shirinov)とドラムスのマーク・ジュリアナ(Mark Guiliana)がいますが、主役はあくまでも総勢92名というオーケストラですね。
アルバム中、有名曲といえるのは5「ネイチャー・ボーイ」と9「ア・チャイルド・イズ・ボーン」(サド・ジョーンズ)だけで、ほかはアヴィシャイ自身の曲か、ユダヤやアラブの伝承曲。アヴィシャイの曲のなかには旧来のレパートリーをオーケストラ用にアレンジしなおしたものもあります。
このオーケストラ演奏による柔軟なサウンドがほんとうになんともいえず美しいんですよねえ。1曲目「Almah Spring」からそのふくよかなサウンドのトリコになってしまいますが、2曲目以後も管弦のたおやかな響きに聴き惚れてしまいます。スコアはたぶんアヴィシャイ自身が書いたと思いますが、ひょっとしたらパートナーがいたかもしれません。
アルバム題にもなっている4曲目「Two Roses」はユダヤの伝承曲。ピンハス・アンド・サンズも2018年作でやっていたものですね。アヴィシャイのこのオーケストラ・ヴァージョンでは、やはり管弦アレンジがきわだっていますが、ジャズ・トリオも大活躍。特にマーク・ジュリアナの躍動的なドラミングは、この演奏にまるでアフロ・メディタレイニアンなグルーヴをもたらしています。
アフロ・メディタレイニアン〜アフロ・カリビアンなグルーヴは、実はコア・トリオを中心にこのアルバム全体を支配する基調ともなっていて、特にマーク・ジュリアナがそれを強く表現していますが、それはこのシンフォニー作品をたんなるクラシック作品に終わらせない、現代ジャズとの交差を体現する最重要エレメントになっているんですね。
管弦のどこまでも美しい響きとリズムの躍動感、その一体化がこのアヴィシャイのアルバムをより次元の高いところへ運んでいっているなという印象があります。アルバム中、「Two Roses」と並ぶクライマックスともいえる8「Arab Medley」でも、アラビックなスケールを基礎としたモチーフをくりかえしながら、たたみかけるように高揚したサウンドをつくっていくさまが圧巻です。マーク・ジュリアナ同様、エルチン・シリノフのピアノも活躍していますよね。
それでもやはりこのアルバム全体を通して聴き手に非常に強い印象を残すのは、シンフォニー・オーケストラの演奏するみごとに美しいアンサンブル。まるで楽団全体で生きもののように呼吸しているかのようなサウンドで、繊細さと大胆さをもって硬軟しなやかに演奏、アヴィシャイの壮大な構想をあざやかに具現化しています。
特に木管と弦楽がふくよかなハーモニーを奏でるそのふくらみと豊穣で表現される様子には、聴いていてうっとりしてしまうような至高の美しさがあって、余韻を残す印象的なオーケストラ・アンサンブルに降参しちゃいました。いやあ、ほんとうにすばらしい!
ジャズ、クラシック、ユダヤ&アラブの伝統が、哀愁とノスタルジーをたたえたオーケストラ・アンサンブルのなかに、地中海的でありかつアフロ・カリビアンな湧き立つ高揚感に満ちたグルーヴに下支えされイキイキと躍動していて、ここまで壮大で、しかも美しい音楽は滅多にないぞと、なんど聴いても聴くたびに感動を新たにしています。
(written 2021.5.5)