マイルズのバラード名演 11
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こないだ「マイルズのベスト 9(ver. 2020)」という文章を書きましたが、聴きながらいまさらながらに実感したのは、マイルズ・デイヴィスのバラード演奏は実に魅力的だということ。時代を超えて変わらなかった彼のチャームだったなということです。いつの時代のマイルズのアルバムを聴いても、そこには美しいバラード演奏があったんですね。通してキャリア全体を俯瞰し、あらためて感心しちゃいました。
それでマイルズの生涯にわたるバラード演奏の代表作をピック・アップして、まとめて、ちょちょっと書き記しておこうと思います。まず Spotify でプレイリストをつくるに際しては注意して、とにかく数が多いから厳選しなくちゃキリがないということで、本当に外せないなと思うものだけにしぼりました。それでも1時間54分となったのは、一曲の演奏時間の長いものが散見するからです。曲数の11はこんなもんでしょうね。
また独立から死去までを見わたすように心がけましたが、外れた時代もあります。それでも(初期を除く)ほぼどの時代も網羅できたのは、やはりこのジャズ・トランペッターが生涯にわたり絶えずバラードを演奏していたことのあかしですね。曲は録音順に並べました(曲名の右)。以下、ちょちょっとコメント。
1)In Your Own Sweet Way (Collector's Items) 1956/3
2)You're My Everything (Relaxin') 56/5
1956年の録音ですが、マイルズがバラディアーとしてスタイルを真に確立したのはそのあたりからだったろうと思います。「イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ」は知名度のある『ワーキン』ヴァージョンではなく、ソニー・ロリンズ&トミー・フラナガン参加のものを。こっちのほうがきれいですもん。
3) Blue In Green (Kind of Blue) 1959
バラードといったばあい、たいていはポップ・バラードのことだろうと思いますし、マイルズもそれをこそ得意にして死ぬまで演奏したわけです。このビル・エヴァンズ作の曲はそうじゃなくオリジナルですけれども、こういったものはジャズ・バラードとして数えてもいいんじゃないかと。それに凍りつきそうなほど美しいじゃありませんか。
4) Old Folks (Someday My Prince Will Come) 1961
5) My Funny Valentine (My Funny Valentine) 1964
これらは二曲とも古いポップ・バラードですが、そういうのをたくさんやっていたプレスティジ時代などと比較してマイルズの解釈や表現の幅が広がり深くなっているのがわかると思います。それでも「オールド・フォークス」のほうはあたたかみのあるオーセンティックな吹奏ですね。
プレスティジ時代にも録音した「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は定番中の定番ですけれど、比べて特にリズム・ニュアンスの豊かさやトランペットで出す音の丸さ・豊穣さ、音域・音程の幅・正確さなど、同じ曲なのか?!とビックリするほどだと思います。リズム・セクションの緩急を統率するのもみごと。
6) Mademoiselle Mabry (Filles de Kilimanjaro) 1968
オリジナルですが、ジミ・ヘンドリクス「ウィンド・クライズ・メアリー」の下降和音パターンを使った一種のロッカバラードですから。乾いているようにも聴こえますが、その一方ほどよい雰囲気、湿った情緒がこもっているようにも思います。演奏全体に雰囲気がありますね。
7) Sanctury (Bitches Brew) 1969
ウェイン・ショーターの曲で、ジャズ・バラードでもありませんが、この、特に中間部のテンポ・ルバートになっているところで聴かせるマイルズとチック・コリア(フェンダー・ローズ)のデュエット演奏にはなかなかみごとなバラード感がありますよね。正真正銘のバラード・スタンダード「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー」の引用も聴かれますし、この時期でもマイルズのなかでひとつながりだったのだなとわかります。
8) Maiysha (Get Up With It) 1974
ミドル・スローのテンポで女性への愛を表現していますから、これもオリジナル・バラードと言えるでしょう。なかなか甘い曲想もバラードっぽいです。マイルズの表情にはそれでもやっぱり冷静で透徹した厳しさがあると感じますが、二番手で出るソニー・フォーチュンのフルートがポップでメロウで、ちょうどいいコントラストになっていますね。メイジャー7のコードを刻むレジー・ルーカスのスウィートさもグッド。
9) My Man's Gone Now (We Want Miles) 1981
1958年にギル・エヴァンズと組んでやったガーシュウィンの『ポーギー・アンド・ベス』からの一曲を、復帰後のギター・バンドで再演したもの。時代を経て同じ曲をやれば二度と同じ演奏にはならなかったひとですが、ここでも真骨頂を発揮しています。バンド・メンバーが最高のサポートを尽くし好演となりました。サビでリズム・パターンがパッと変化するのは「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の応用でしょうね。
10) Amandla (Live Around the World) 1988
11) Time After Time ((Live Around the World) 89
『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』からの二曲。以前書きましたようにバラード・アルバムともいえるライヴ集ですが、「アマンドラ」はマーカス・ミラーのオリジナル、「タイム・アフター・タイム」はごぞんじシンディ・ローパーが書き歌った哀切ポップ・バラード。晩年はかつて1950〜60年代前半に展開していたようなこういった世界に回帰していたような面がありました。若さと強さを失って、自分のことをじっくりふりかえり、なにが持ち味なのか再考したのかもしれません。
(written 2020.4.17)