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論文アブストラクトの書き方 -4つのステップを実例付きで-

多くの人に論文を読んでもらおうとするとき、タイトルの次に重要な部分がアブストラクト(Abstract/概要)です。大抵の読者は、その論文が自分に関係しそうかのあたりをつけるためにまずタイトルを読み、その次に『さらに時間と労力をかけて実際に読みこんでいく価値があるか否か』を判断するためにアブストラクトを読むからです。この記事では、そんな大切なアブストラクトの書き方を、例を挙げて解説します。

※この記事は、著者のブログ「駆け出し研究者のための研究技術入門」に掲載されている記事のリライト版です。

アブストラクトを書く手順の概要

この記事で紹介する手順は以下の4ステップです。

①【目的・方法・結果】の3要素を合理的に組み合わせて核を作る
②【目的達成の必要性】と【結論】を書いて3要素の価値を高める
③ 適切な接続詞や役割紹介語を置いた後に推敲する
④ 最終チェック

この記事では、よいアブストラクトを書くために理解しておくべき『アブストラクトの役割』について簡単に紹介した後、具体的な書き方を解説します。

アブストラクトの役割

アブストラクトは中身を読んでもらうための売り込み文句

論文タイトルが『本屋に並んだ本の題名』だとすると、アブストラクトは『本の帯やPOP広告に書かれた紹介文』であり,『売り込み文句』です。なぜ他の論文ではなくこの論文を読むべきなのか、読むと何を知識として得られるのか、という『その論文だけが持つ価値』がしっかりアピールされていなければいけません。アブストラクトでの売り込みに失敗すれば、懸命に書いた論文の中身は読んでもらえないでしょう。

アブストラクトは中身を読む時間がない人への超短編論文

また一方で、アブストラクトは、忙しくて中身の本文を全て読む時間がない人にも、研究を大まかに理解してもらって活用してもらうための『超短編論文』でもあります。難解な長編小説を読みたくても読む時間がない人でも、そのあらすじがうまくまとめられた超短編小説が用意されていれば、それを読んでその面白さを他の人に紹介したり、あれこれと自分の想像を巡らして新たな発想をしたりすることができますよね。そして荒っぽくでもあらすじが分かっていれば、いざ長編小説を読もうとする時にもより短い時間で読み切ることができるでしょう。論文のアブストラクトにもこのような役割があります。

具体的な手順の解説

役割を確認してもらったところで、このような役割をうまく果たせるアブストラクトを書く手順を詳しくみていきましょう。

①【目的・方法・結果】の3要素を合理的に組み合わせて核を作る

上記の役割を果たすためには、『何のために/何をして/何を得たのか』という,【目的・方法・結果】の3要素は必ずアブストラクトに含めなければいけません。この3要素の組み合わせこそが、その論文を他とは違うものにする特別な価値であり、また研究のあらすじでもあるからです。アブストラクトを書く時には、まずこの3要素を整理して書くところから始めましょう。

気を付けなければいけないのは、とにかく3要素を書けばよいというわけではなく、それらの組み合わせが合理的であることがわかるようにそれぞれの要素を書かなければいけない、ということです。たとえば、次のような3要素の例を見てください。皆さんご存じ桃太郎の話です。

【良くない3要素の例】
宝物を取り戻すために(目的)、キビ団子を用意し(方法)、鬼を退治した(結果)。

一見あらすじになっているように思えますが、これらの3要素の組み合わせには「合理性」が欠けています。宝物を取り戻すためにキビ団子を用意するのが『なぜ』よい方法なのか、キビ団子を用意して『なぜ』鬼が退治できたのか、そして鬼を退治したという結果が宝物を取り戻す上で『なぜ』重要なのかが、この3要素を読む限りではわからないからです。そうなれば、結局本文を読まなければわからないということになり、アブストラクトとしての役割を十分果たしていないことになります。

組み合わせの合理性がわかるようにするには、たとえば下のように『合理性を高めるための情報の追加』をすればよいでしょう。

【修正した3要素の例】
鬼に奪われた宝物を取り戻すために(目的)、必要な味方を集めるためのキビ団子を用意し(方法)、団子との交換条件で得られた味方と協力して鬼を退治し、奪われた宝物の30%を取り戻した(結果)。

太字の部分が追加分です。このように書けば、目的・方法・結果の組み合わせの合理性が高まります。大切なことは、目的・方法・結果の間に『なぜ』という疑問を自分でぶつけることです。なぜその目的からその方法が良いものとして選ばれたのか。その方法からなぜその結果になったのか。なぜその目的にとってその結果が大切なのか。しっかり確認して、抜けがなくなるように上手く情報を補足しましょう。

②【目的達成の必要性】と【結論】を書いて3要素の価値を高める

上記の3要素を書いてまだ文字数に余裕がある場合は,3要素の前後に話をつけ足して、さらに価値をアピールしましょう。3要素の前部分に付け足すべき話は、『なぜその目的を達成したいと考えたのか』という目的達成の必要性が生じた背景の説明です。後ろ部分に付け足すべき話は、『得られた結果によって何が言えるようになったのか、もしくは今後どうよくなっていくのか』という価値づけのための結論の説明です。上記の桃太郎の例で言えば、下のようになります(創作が入っています)。

【3要素の前後に話を付け加えた例】
幾度もの鬼の襲来で村は疲弊し、壊滅の危機が迫っている(目的達成の必要性が生じた背景)。鬼に奪われた宝物を取り戻すために(目的)、必要な味方を集めるためのキビ団子を用意し(方法)、団子との交換条件で得られた味方と協力して鬼を退治し、奪われた宝物の30%を取り戻した(結果)。これを破損した村の主要設備の修復に充てることで、当面は壊滅の危機を脱することが可能だろう(結論)。

背景も結論も、それらの間に挟む3要素の話の価値ができるだけ高まるように書く必要があります。たとえば、下の例のアブストラクトを読んでみてください。背景と結論が効果的に書けていない例です。

【背景と結論が効果的でない例】
鬼はしばしば襲ってくる厄介な存在である(背景)。鬼に奪われた宝物を取り戻すために(目的)、必要な味方を集めるためのキビ団子を用意し(方法)、団子との交換条件で得られた味方と協力して鬼を退治して宝物を取り戻した(結果)。村人達は喜ぶだろう(結論)。

この例の3要素の組み合わせは先の例と同じですが、成果の重要性が薄く感じられませんか?間違ったことは書かれていないのですが、上記の背景と結論の説明は、目的・方法・結果との関連が弱いのです。たとえば、鬼が厄介な存在だと言っても、現段階で宝物を取り戻しにいく危険を冒すのは必ずしも妥当ではないですよね。また、村人たちがなぜ喜ぶことになるのかも曖昧です。復讐できたことで精神的ストレスが解消されたのか、それとも金銭的に助かったのか、理由は色々ありえます。目的・方法・結果の組み合わせの合理性がいくら高くても、その前後の話の組み合わせで合理性を失ってしまうと、この論文の内容をしっかり理解してうちでも真似してみよう!と思う人は減ってしまうでしょう。

③適切な接続詞や役割紹介語を置いた後に推敲する

ここまででアブストラクトの骨格はできましたので、ここからは整形していきましょう。まずは、どの文が背景・目的・方法・結果・結論なのかを明確にする作業です。このためには、適切な接続詞や、各文がアブストラクトの中で果たす役割を紹介する語(便宜的に役割紹介語と呼びます)を置くことが有効です。下の例を見てください。

【接続詞や役割紹介語がない例】
幾度もの鬼の襲来で村は疲弊し、壊滅の危機が迫っている。鬼に奪われた宝物を取り戻すために、必要な味方を集めるためのキビ団子を用意し、団子との交換条件で得られた味方と協力して鬼を退治して宝物を取り戻した。これを破損した村の主要設備の修復に充てることで、当面は壊滅の危機を脱することが可能だろう。

上記でも伝わらないことはないですが、接続詞や役割紹介語を置くともっとよくなります。

【接続詞や役割紹介語を置いた例】
幾度もの鬼の襲来で村は疲弊し、壊滅の危機が迫っており、この危機を打開することが緊急の課題となっている。そこで本研究では、鬼に奪われた宝物を取り戻すことを目的とし、その達成のために必要な味方を集めるためのキビ団子を用意した。その結果、団子との交換条件で得られた味方と協力して鬼を退治して宝物を取り戻した。この成果は、これを破損した村の主要設備の修復に充てることで当面は壊滅の危機を脱することが可能になるという点で重要である

この例で太字で強調している部分が接続詞や役割紹介語です。どのような接続詞や役割紹介語が効果的なのかを知るには、他の人の論文のアブストラクトを読むとよいでしょう。わかりやすいアブストラクトだなと感じたときには、きっと効果的な言葉が使われているはずです。

ここまで書けたら、最後は推敲です。一つ一つの文がより短く、正しく、わかりやすくなるように語順を変えたり、表現を改めたりしていきましょう。推敲の方法はこの記事を参考にしてください。

④最終チェック

推敲を一通り終えたら、しばらく時間をおいて、以下の項目の条件を満たしているかを確認してみましょう。

アブストラクトだけで超短編論文として完結しているか?

アブストラクトは、映画や小説の予告編ではありません。期待感だけを煽って肝心な内容(方法や結果)は載せていない、というがっかりさせる状態にしないようにしましょう。これまでに説明してきたように,『3要素の合理的な組み合わせ+目的必要性が生じた背景+結果の意義」としてアブストラクトを書けば基本的には問題ありません。

本文を参照せずに意味が理解できるか?

アブストラクトは、本文を読まなくてもよいようにする役割を持ちますので、本文を参照しなくても意味が理解できるようにしましょう。本文への参照(Figure. 1など)は避け、また文献番号を用いた引用([1]など)は、文献番号の代わりに完全な形(著者名、雑誌名、発行年などを括弧書き)で記載しましょう。

本文にないことを書いていないか?

超短編論文は、本編である論文の縮小版です。ですから、本編に書いていない内容を載せてはいけません。本文に書いている以上の内容を記載しないように本文の抜粋に徹しつつ、重要な部分を載せ忘れないようにしましょう。論文の本文がある程度書きあがってからアブストラクトを作成するようにすれば間違いがありませんが、アブストラクトを書いた後で論文を書き直すこともあるので、最後には必ずチェックしましょう。

結果を書きすぎていないか?

得られた結果を全て記載しようとしていませんか。大事なのは、背景・目的・方法・結果・意義の組み合わせの合理性です。この合理性を説明するのに必要最低限の結果(メインリザルトと呼ばれます)さえ記載されていれば十分です。結果がたくさん得られていたとしても、上記の要素の組み合わせの中において、得る合理性のない結果は,メインのストーリーの価値を曖昧にしてしまうため、アブストラクトには記載しない方がよいです。

まとめ

以上、アブストラクトを「3要素の合理的な組み合わせ+目的の必要性+結論」として書くという方法を紹介しました。この形式に縛られる必要はありませんが、1つの型として使いこなせるようになると便利です。下記のサイトも参考にしました。

  1. 優れたタイトルとアブストラクト,適切なキーワード選び

  2. 優れたアブストラクトの書き方

  3. 一流の科学者が書く英語論文 東京電機大学出版

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