効率的な論文の読み方 -読み解くヒントの狙い読みをしよう-
論文には難解な内容が詳細まで記載されているため、指針もなく読み進めていくだけではなかなか理解を進めることができません。効率的に読み進めていくには、論文に散りばめられている「読み解くためのヒント」を集めるための「狙い読み」を先に済ませておくことが有効です。この記事では、そもそも何を読み解くべきかを紹介したうえで、どのようなヒントがどこにあり、またそれによって何をどう読み解いていけばよいかを解説します。
※この記事は著者のブログ「駆け出し研究者の研究技術入門」からの転載です。一部修正を加えています。
まず把握すべきは論文の「アイデンティティ」と「地図」
論文を最初に読むときにまず把握すべきことは、その論文を他とは違うものたらしめている「論文のアイデンティティ」と、その論文を本格的に読み込んでいく際に迷わずに効率的に読んで回るための「論文の地図」の2つです。「アイデンティティ」というのは、論文の肝、あるいは骨格とも呼べる「目的・方法・結果の三要素」のことです。つまり「何のために、何をして、何を得たのか」という内容です。これを把握しないことにはその論文を知っているとは言えません。
一方、「地図」というのは、論文のどの部分に概ねどのような内容が書かれているのか、という情報の配置のことです。これが最初に把握できていれば、ある部分の詳細を知る必要がでてきたときに、迷わずにそこを読みにいくことができるのでとても効率的です。最初から詳細をすべて把握しようとするのは、ある街に引っ越してきたときに街のすべての道や建物を一軒一軒端から端まで歩いて見て回るようなものなので、大変です。大体の地図を把握しておいて、行く必要ができたときに行ってみるのが楽ですよね。それと同じです。
論文には読み解くためのヒントが満ち溢れている
実は論文というのは、この「アイデンティティ」と「地図」を把握しやすくする工夫で溢れています。この工夫を知っていれば、読み解くためのヒントを効率的に集めることができます。逆に言えば、知らないと大変な苦労をします。その工夫がなされているのは、①論文タイトル、②アブストラクト、③セクションの見出し、④図表、⑤結論のセクションの1段落目、⑥各段落の一文目、です。この順でヒントを集めていくのがよいでしょう。具体的にどうやって読み解くヒントを集めていくのかを順に説明していきます。
①論文タイトル
論文のタイトルは、まだその論文を読んだことがない人にその論文のアイデンティティを知ってもらい、読む気を起こさせるために著者が考え抜いた売り文句です。ですから、論文のタイトルにはアイデンティティの構成要素である「何のために(目的)」「何をして(手法)」「何を得たか(結果)」の一部か全部が記載されている場合がほとんどです。まずはタイトルだけを見て、この三要素のどれをどのように把握できるかをじっくり考えてみましょう。
「何のために」という目的を把握するには、for、toward、toといった目的を示す言葉があるかどうかを調べてみましょう。「何をして」という手法を把握するには、研究者が主語になる動詞あるいは動名詞や、by、 with、 methodのような手段を示す言葉を調べるとよいです。「何を得たか」という結果を把握するには、タイトルの残りの言葉と、「何をして」の内容を両方考慮して判断するとよいでしょう。
②アブストラクト
アブストラクトはタイトルよりもずっと文字数が多いのですが、その分論文のアイデンティティはしっかりと書かれています。タイトルでざっくりとアイデンティティを把握したら、それを足掛かりとしてアブストラクトを読み、自分の理解が間違っていなかったかどうかを確かめつつ、理解の不足を補っていきましょう。
アブストラクトから「何のために(目的)」「何をして(手法)」「何を得たか(結果)」を読み解くうえでは、それらが書かれるときに頻繁に用いられる決まり文句を覚えてそれを探す、というやり方が役に立ちます。どのような決まり文句があるか、注意して覚えていくとよいでしょう。
③セクションの見出し
論文の「地図」を把握するには、論文のセクションの見出しを確認することがとても役立ちます。というより、このセクションとその見出しこそが「地図」そのものなのです。セクションというのは、「2.2.」のような番号で整理された区分のことで、これが本来の地図でいうところの番地です。見出しというのは、「2.2. 解析方法」のように、セクションの番号に添えられた短い言葉です。これが、本来の地図における施設の名前(○○市役所とか○○公園など)です。
特に大事なのは、「1. 緒言」「2. 方法」のような大区分の見出しではなく、それらの下位区分であるサブセクション(2.2など)、あるいはサブセクションのさらに下位区分であるサブサブセクション(2.2.1など)の見出しを確認することです。なぜなら、「1. 緒言」や「2. 方法」といった大区分の見出しは、大抵の論文で共通であり、情報が乏しいからです。
例えば、この論文(Ishihara, Wu, and Asada. Identification and Evaluation of the Face System of a Child Android Robot Affetto for Surface Motion Design. Frontiers in Robotics and AI, 2018)のセクションの構成はこのようになっています。
サブセクションとサブサブセクションの見出しをみることで、論文の大まかな話の構成や配置という「地図」を把握することができます。例えば、上記の「2. Methods」の下位区分(サブセクション)の見出しを見てみてください。「Robot」「Command Schedule」「Measurement」「Analysis」「Motion Design」の5つが並んでいますね。ここから、「この論文ではロボットを使って、何か指令を計画して、測定して、分析して、動作を設計する、ということをやっているんだな」と把握することができます。さらに、「2.4 Analysis」の下位区分(サブサブセクション)を見てみてください。「Spatial Deformation Analysis」と「Static Response Analysis」の2つが並んでいますね。このことから,「大まかに2種類の分析をやっているんだな」ということもわかります。
④図表
①~③までで、論文のアイデンティティと地図がなんとなく把握できてくるはずですが、まだできることがあります。それは、図と表をざっと見ていって、自分がその段階で把握している論文のアイデンティティと地図に具体的なイメージを貼り付けていく、という作業です。実際の地図にも、重要な施設にはその外観写真などが添えてある方が地図を記憶しやすいですよね。
図の細かいところまで確認して理解しきる必要はありません。例として、先ほどの論文(Ishihara, Wu, and Asada. Identification and Evaluation of the Face System of a Child Android Robot Affetto for Surface Motion Design. Frontiers in Robotics and AI, 2018)の図表をみてみましょう。Figure 1と2には、何やら小さな粒がたくさん貼り付けられたアンドロイドロボットの顔が写っていますね。「こんなロボットを使うんだな」「この粒はもともとなのかな。計測に使うのかな。」くらいの感想を持てれば今の時点では十分です。Figure 3には、顔のハードウェアとそれに内蔵された制御器を含めたシステムの構成と、そのシステムへの入出力が描かれています。タイトルで把握した「顔システム」というのはこのシステムのことを指すということがここでわかりました。Figure 4には「Command Schedule」という説明がついていて、簡単な台形状の指令の時間変化が描かれています。これで、セクション見出しのところで確認した「指令の計画」というのはこの台形のことなのだとわかりました。Table 1には、数学記号の定義のリストがあります。なんとなく、「アンドロイドを数学的にとらえようとしているのかな」くらいの認識でよいでしょう。Figure 5には、横軸が「Command」のグラフが2つ出てきました。2つのグラフは非線形の程度と複数の線のばらつきが違うので、「指令を送った際のデータの非線形性とばらつきに興味があるのかな」とわかります。
⑤結論セクションの1段落目
次に見ていくべきは、結論(Conclusion)という見出しのついたセクションの本文の一段落目です。ここには大抵、その論文で何をやって、どんな結果を得たかという、論文のアイデンティティの短いまとめが記載されています。①~④までを実施したら、ここを読んでみましょう。ここにまとめが載っているなら、①~④の前にまずここを読めばいいじゃないかと思うかもしれませんが、ここの内容から論文のアイデンティティをいきなり読み解くのは難易度が高いので、先に①~④で大まかに把握しておく方がよいのです。
結論のセクションの説明が難解なのは、それまでのセクションの本文を読んだ上で読まれることを前提としてこのセクションが書かれているからです。先のセクションで定義されたり解説された用語が使われているので、わからないのが当然なのです(タイトルやアブストラクトは、本文が読まれる前に読まれることを前提として書かれているので、わかりやすいのです)。結論の第一段落にはその論文で特に理解すべき重要な情報が含まれていますので、理解できなければその論文を深く理解したことにはなりませんが、この時点でこの部分を理解しきることは、上記の理由から困難です。
結論の第1段落を読む目的は、「理解しきる」ことではなく、「理解すべきだけど理解できていないこと」を把握することなのです。この後論文の本文を読んでいくときに、全ての内容を深く理解して覚えないといけないとしたら、とても大変で、論文なんて読む気になれないですよね。それが、重要なところだけかいつまんで理解して覚えて、それ以外は軽く読み飛ばしてもよい、としたらどうでしょうか。ずいぶん楽ですよね。では、「重要なところ」ってどの部分でしょう?実は、「結論の第1段落を読んで理解できないところ」が、「重要なところ」なのです。「この単語がわからないな」「この文の意味がいまいち掴めないな」という「分からないポイント」をノートに書きだしたり、論文にマーカを引いて記憶に留めておきましょう。それらが、次に本格的に読む際の「理解のとっかかり」になります。
⑥各段落の1文目
ここからいよいよ結論セクション以外の本文を読んでいきますが、まだ全部は読みません。本文をすべて読んでいこうとするのは、新しく来た街を把握するのに、各建物の中まで逐一見て回ろうとするようなもので、効率的ではありません。まずは、各建物の表札だけを見ていきながら、さっと全体を見て回るのがよいでしょう。建物を1つの段落と見なすなら、表札は1文目です。この1文目が、その段落が何たるかを代表している文であり、その段落内に何が書かれているかを推察する大きなヒントになります。
まずは各段落の1文目だけをざっと読んでいきましょう。第1文目の内容の意味や論拠について深く考える必要はまだありません。まずは、どの段落にどのような内容が書かれていそうかを見ていきながら、⑤の準備作業で見定めた「重要なところ」がどの段落で解説されていそうかのあたりをつけていきましょう。そうすれば、実際に本文を読んでいく際にも、どれだけ時間をかけて読むべきか(あるいはさぼって読んでよいのか)の判断もできますし、実際、第1文目だけを抜き出して読むだけでも、論文の中身についての理解は割と進むはずです。
まとめ
論文の本文を読んでいく前に行っておくべき6つの狙い読み作業を紹介しました。たくさんの論文の内容を浅く広く把握したいのであれば、狙い読みのみでいったん終わらせればよいでしょう。もし1つの論文を深く読み込んでいかないといけない場合にも、この狙い読みによってずいぶん楽に読み進めることができます。ぜひ実践してみてください。