偶然たちの大運動会
運動会は好きではなかった。
嫌い、というほどではなかったが、足も遅かったし、球技も得意ではなかったから、特に自分のための日ではないという感じで毎年受け入れていた(他に自分のための日があったわけではないが)。
中学に入ると、運動会には時間割に縛られない非日常的な雰囲気(つまり授業がない)とか、友人との意味のない会話(つまり遊べる)とか、付随する楽しさが「運動」以外にもいろいろあることを知っていった。
しかし思春期になり自らの不真面目さに慣れていくと、その「付随する楽しみの方」を優先するようになり、これはもはや運動会ですらねえなと気がついたころ、俺は高校を卒業した。つまり幼稚園から15年間毎年参加していた運動会を卒業した。
そんな俺が24年ぶりに運動会に参加した。娘の通う保育園の運動会であった。
コロナの影響で園児一人に対して保護者も一人というルールがあったが、妻は前週に娘とふたりで動物園に行っていたので(俺は都合で参加できなかったので)「仕方ないな」と譲ってもらっていた。
しかし、譲ってはもらったものの、正直なところ保育園の運動会というものが想像できていなかった。この数週間、娘は家でペンギンダンスの練習をしたり、かけっこの練習をしたりしていた。保育園でも毎日のように練習をしていたらしい。その事実はとても可愛いし、頑張る娘の姿は良いものだった。でも公園に一緒に遊びに行って見ている娘と変わらないし、運動会はそれをみんなとやるだけだろうと思っていた。
運動会は近隣の小学校の体育館を借りて行われた。保護者エリアと園児エリアは中央のトラックをはさんで離れていた。いつもはここまで離れた距離で娘を見ることはない。
先生や友達と話している。何を話しているのかは聞こえない距離である。立った。座った。お茶飲んだ。転んだ。俺を見た。笑った。他の園児たちもいろいろだった。寝転がって寛いでいる子もいれば、置物のようにじっと座っている子もいる。体育館という見慣れぬ場所が怖くて泣いてしまった子もいるし、反対に楽しそうに走り回っている子もいる。
数十メートル先の、動詞が混線するその光景を見て俺は思った。「性格」が動いている。
彼らももう少し大きくなれば「性格」は出せる場所とそうでない場所があると知る。大人の群衆を遠くから見て、一人ひとりの性格を窺い知ることはできない。姿形でのかりそめの個性は感じることはできても、それは性格ではない。金髪でモヒカンだからといって性格を決めつけることは先入観だ。しかし、保育園の運動会は違った。
かけっこ、玉入れ、綱引き、ダンス。やっている競技は違っても、運動会という名の性格の表現は続く。やる子。やらない子。泣く子。笑う子。楽しそうな子。つまらなさそうな子。無論どの子も可愛い。「性格」を表現する行為自体が可愛いのだと知った。いずれできなくなる儚さが余計に可愛く見せた。
そしてそんな社会の入り口のようなものの中にいる娘を客観的に見ていると、こいつは改めて偶然だなと思った。話は少し変わる。
娘がここにいて走ったり、笑ったりしているのは偶然以外の何物でもない。まず俺の存在もそもそも偶然なのだ。よく分からない偶然によって俺は俺であり、ここにいる。と分かってはいた。ただこうして保護者エリアという少し離れたところから彼女を見ていると、自分とは違う生き物であることを強く意識するから、よりいっそう彼女に「偶然」を感じる。
俺にとって、奴は偶然を擬人化した者である。
すべてのことは偶然だ、などと言うと誰なんだお前という感じではあるが、俺は偶然を偶然ではないと思い込むために生きているような気もしてきたアラフォーだ。
努力して得たと思いたい、失敗したのは自分のせいだと思いたい、この出会いは運命だと思いたい。『人生は偶然だという事実と戦うために人生がある』と言ったのは誰だったか。あ、俺だった。笑うことも、泣くことも、働くことも、愛することも、歌うことも、描くことも、こうして何かを書くことも、そして運動会も、その戦いの一部だ。
運動会も佳境。娘が踊るペンギンダンス。偶然の野郎が楽しそうに踊ってやがる。
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