【会いたい人を、撮りに行く。_#015】マンガ家・安倍夜郎さん
■CM制作会社、企画演出部にいた先輩
1993年にCM制作会社の<制作部>に「プロダクションマネージャー」として入社したクダリは、このシリーズ第一話で書いたけど、その会社には<企画演出部>という部署があり、そこには数人の「CMディレクター」が在籍していた。
俺も最初は何も知らなかったんだけど、
●<制作部>には「プロデューサー」と「プロダクションマネージャー」がいて、CM制作のスケジュールや予算、段取り全般を司る。
●<企画演出部>には「ディレクター(監督)」がいて、CMの企画を考えたり、実際に制作するときには演出(ディレクション)をする。
…という職域の違いがあった。
ザックリ言うと、同じCM制作の中で、
●「プロデューサー」と「プロダクションマネージャー」は『ビジネス』的な部分を担当し、
●「ディレクター」は『表現』面を担当する、
…って言えるかな。
その<企画演出部>にいた数人のディレクターのうちの一人が、安倍さんであった。
高知出身の穏やかな人で、B級グルメ巡りと将棋が好きで、画が上手な人であった(企画演出部の人たちは基本的に皆さん画が非常に上手い)。
入社してしばらく、俺はCM制作の準備やら現場やらに追われ奔走する日々であったが、たまに企画演出部や制作部で安倍さんに会うと、いろんな雑談やくだらない話をしたものであった。
■安倍さんの夢
安倍さんは俺の大学の先輩でもあったんだけど、大学時代は漫画研究会に入っていたとのことであった。東海林さだおや弘兼憲史など大御所を産み出している老舗サークルである。
「俺の夢も漫画家になることなんだよね。」
ある時、安倍さんが俺にそういった。
CM制作会社に入ってディレクターとして働いている30過ぎの大人が「将来の夢」を語るというのに驚いた。
学生の頃からの夢に向かって、今でもコツコツとプライベートで作品作りをしていて、マンガ雑誌の懸賞に応募しているとのことであった。
■受賞!
その後数年間、俺は変わらず東奔西走する毎日で、たまに安部さんとCM企画の仕事を一緒にしたりすることもあった。
そして2003年、俺が入社して10年目のある日、
『安倍さんが小学館の新人コミック大賞を受賞した!』
というニュースが社内を駆け抜けた!
ついに安倍さんが積年の目標を達成したのである!
会社の同僚たちはみんなとても喜び、そして安倍さん自身ももちろんめちゃめちゃ嬉しかった筈である。
■漫画家専念
しばらくすると安倍さんは会社を辞め、マンガ家に専念することになった。
そして更にしばらくして、『深夜食堂』のメガヒットを飛ばすのであった!
小林薫さん主演のドラマも大人気となり、映画化も2回されてとても注目されていたので、『深夜食堂』のことは、日本中の誰もが知っているだろう。
小学館漫画賞、日本漫画家協会賞大賞なども獲っているから「日本で一番の漫画家」にまで昇り詰めたと言える筈だ。
俺たち元同僚は、『深夜食堂』を見たり聞いたりする度に誇らしい気持ちになり、
「安倍夜郎って、俺の元同僚なんだよ!」
と意味なく自慢したり、
「昔からB級グルメ巡りが好きで、雑誌や新聞の切り抜きをクリアファイルに集めていたから、その蓄積が後の『深夜食堂』の毎回のユニークな料理のネタに繋がっていったんだよ」
って頼まれてもいないのに今や高名なマンガ家の作品作りについて解説したものである。
■コロナ
後々聞いた話だけど、2020年、新型コロナ禍初期、安倍さんはコロナに罹患し、病院に駆けつけてから意識を失い、集中治療室でエクモ治療を受け、なんと50日間も意識を失ったままだった。
幸い50日後に意識が戻り、戻ったときは全ての筋力がめちゃ低下しており、身体中ほとんど動かなかったらしいけど、病院のスタッフの皆さんのサポートや本人の努力の末、めでたくマンガ連載を再開するまでに回復したのであった!
これには元同僚の俺たち全てが喜んだのはもちろんのこと、日本中世界中の安倍夜郎ファンが喜んでいた筈だ。
■原画展
今週、会社の先輩が
「仕事でお世話になった人がやっているギャラリーカフェで、安倍夜郎さんの原画展があるらしいよ!」
と教えてくれた。
聞いてみると、脱稿したばかりで木曜日辺りは在廊していそうだという。
「久しぶりに安倍さんに会いに行こう!」
と思い立ち、仕事を少し早く終え、久しぶりにベビーローライを手に取り、中野のギャラリーに向かった。
ギャラリーに着くと、安倍さんがちょこんと席についていて、
「おお~、中川ひさしぶり~!」
とニッコリと微笑んだ。
「良かった~、安倍さんに会えた~!」
とメチャ嬉しかった。
カフェなので、そのまま二人でビールを飲み、ちょっとゴハンを食べた。
安倍さんに会って少し話すだけでなく、久しぶりに一緒に飲めるとは最高の展開である。ふらりと入ってきたお客さんとも話したり、原画展を見に来た安倍さんの知り合いとその友達と一緒に飲んだり、ワイワイと楽しかった。(安倍さんの知り合いと友達は、共に二十代女子にして『昭和歌謡ファン』というめちゃ面白いキャラだった♪)
■二軒目
22時でギャラリーが閉店なので、4人で中野駅前のスナックに展開した。
やはりそのスナックは昭和な感じて味わい深く、妙齢のママは美しく、蝶ネクタイのシブいマスターもいて、安倍さんの好きそうなドストライクゾーンなお店であった。
ちなみに、安倍さんの知り合いの女のコは、とても個性的なルックスとファッションで、安倍さんはそのコに2週間前に初めて会ったばかりなんだけど、さっそく次回作品の登場人物にそのコを採用したらしい!
安倍さんらしい!
12/5の発売が楽しみである!
いつか俺も理屈っぽいオッサン役とかで出して欲しい!!
…
15年ぶりくらいかな。
安倍さんに久しぶりに会いに行ったら会うことができて、
ベビーローライで写真も撮れて(普段は安倍夜郎は写真NGなんだけど、この俺の企画の話をしたら、特別後ろ姿で協力してくれたのです!!)、
そして一緒にビールが飲めて、
安倍夜郎ワールドなスナックにも行けて、
めちゃめちゃ嬉しい夜でした!
安倍さん、ギャラリーの松本さん、一緒に二軒め行ったナオちゃんとマリちゃん、お店のママとマスター、スタッフのみなさん、ありがとうございました~!
また飲みに行きましょう~!!
付)ビールを飲みながらいろんな昔話や、お互いのその後話をしてたんだけど、最も印象に残った話は以下の話。
…
安倍さんが50日間の意識不明状態の時に、病院には漫画家協会系の保険証を事前に提出していたので、病院側は安倍さんがマンガ家であることを知っていたらしい。
そのことを知った、集中治療室の医療スタッフ・作業療法士たちは、意識の戻らない安倍さんの右手を、いつもマッサージしたり動かしたりし続けてくれていたという! 意識が戻った後に、またちゃんと画が描けるように!
彼らの自分たちの仕事へのプライドなのか本能なのか、目の前の患者にできるベストを尽くしてくれたことと、安倍さん自身が意識回復後にリハビリを頑張った結果、プロの漫画家として連載に戻れたということに猛烈に感動し、思わず目が潤んでしまいました!
復帰後に安倍さんは、どこかで医療スタッフ・作業療法士の皆さんへ感謝の言葉を書かれていましたが、本当に本当に(当たり前だけど)、心の底から感謝されているのだなと思いました…。
原画展は、中野の<cafe gallery N>にて12月22日(金)までやっているので、好きな方は是非♪
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■安倍夜郎先生 『深夜食堂・たそがれ優作 原画展』 開催
https://www.gentosha-comics.net/news/n54453.html