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カメラマンがコント?どうせ売れないだろ

こんにちは、ヒサノモトヒロです。
私事ですが、昨年12月にコントをするためのトリオを組みました。名を『ドナタ』といいます。

多分芸人で唯一背景が暗い宣材写真

急にどうした?と思われる方もいるかも知れませんが、実は"急に"というわけではありません。むしろ遅いくらいです。

というのも、私は元々芸人を目指しておりました。というか20〜23歳まで芸人をやっておりました。
ですので芸人を始めたというより、芸人を再開したという方が正しいのです。

今日は、そのあたりの話と今後の展望についてお話しできればと思っています。

まずこの“ヒサノモトヒロ”というアカウントは、元々は芸人として活動する際の集客を目的としたアカウントです。

しかし芸人活動をしているという事はほとんど公言していませんでした。意味が分かりませんね。

ちなみにGoogleでヒサノモトヒロと検索すると、前の相方とM-1に出た時の写真が出てきます。

一回戦敗退でした

そんなこんなで、「芸人をやっています」といつ言おうかウジウジしているうちに写真が軌道に乗り、結果的には"ビジュアル制作をしているやつのアカウント"として認知されていったわけです。

今となってはこのアカウントで写真を投稿し始めた理由も定かではありません。

しかし写真を作る上で「芸人が作る写真なんだ、面白くなければいけない」というのが根底にあり、それだけは曲げずに今まで制作をしてきました。

写真以外の活動にしても同様で、とにかく面白くなければならないと、その一点のみをアイデンティティに戦ってきた自負があります。

それらが功を奏したのかは分かりませんが、幸運にもある程度の評価をいただき、今はビジュアル制作や企画などで生活をする事が出来ています。

そしてこの生活は、自分のなかの"芸人たる"というアイデンティティがなければ出来なかったと明確に感じています。

一方、芸人の活動はというと、コロナと共にほとんど辞めた状態にありました。

唐突ですが、私の芸人としての遍歴を紹介します。

7歳 : 初めてネタを作り発表し、快感を得る。
9歳 : 小学校の先輩が天才的なネタを運動会の出し物として発表し、強烈なショックと嫉妬で震える。しかし後日、それがオリジナルではなくオリエンタルラジオのネタだったと知り、行き場のない怒りを覚える。
14歳 : やる当てもなく書いていたネタ帳をクラスメイトに見られて、普通にキレる。
18歳 : 文化祭で漫才をしてそこそこウケる。
20歳 : フランスで会った日本人とコンビを組む、ライブ活動開始
21歳 : フランスコンビ解散、相方を転々とする。
22歳 : 元引きこもりのロン毛とコンビを組み、主に浅井企画のライブに出演する
23歳 : コロナの影響でライブ減少、その流れでコンビ解散。その後即席でM-1に出るも手応えがなく、そのままお笑いから逃走。

こうして、コロナや解散などのタイミングのせいにしてお笑いを辞めたのです。

辞めている間は、本当にお笑いを見ませんでした。キングオブコントもM-1も、バラエティ番組や芸人が始めたYouTubeですら見ませんでした。
敬遠していたし、素直に楽しめないし、なにより興味がなくなっていました。むしろ嫌いにすらなっていたかもしれません。

そんな中、昨年10月ごろに元引きこもりのロン毛と解散ぶりに連絡を取りました。急に生きているのか気になったからです。

彼は沖縄で生きていました。

話を聞くと、彼も芸人を辞めていて、結婚して子供もいるそうです。
立派にちゃんと生きてるんだなと思いました。
3年もあれば人はまるで別人のようになるんです。少しずつ理想との折り合いつけて、大人になって、今あるものを大切にするようになるんです。
自分がお笑いを辞めた選択は決してネガティブなものじゃないし、ビジュアル制作だって楽しいじゃないか。
3年経てば元引きこもりロン毛が父になるんだ、芸人志望がビジュアル制作者になるのなんて普通だよな。
そんな事を考えて、ぶっちゃけ肩の荷が降りた気がした気がしました。

彼は聞きました

「ヒサノさん芸人やってるの?」

もうやっていないよ、夢を見るのはもう終わりにしたんだ。これからはビジュアル製作者として生きていくよ。

「もったいないな」


は?

は?

彼のその言葉に、私は無性に腹が立ちました。
その言葉の裏にある、「君も諦めたんだ、仲間だね」というニュアンスに。

マジでめっちゃ腹が立ちました。

なんでお前に「もったいない」とか言われなきゃいけないんだ、ネタ書いてたの俺だぞ、なんでちょっと上から目線なんだ。

そうして私は、怒りの赴くままに相方募集掲示板を3年ぶりに開き、5人くらいにメールを送ったのです。

ここで辞めたら、この元引きこもりロン毛に負けた気がしてなりませんでした。舐めるなと思いました。

そしてそこから何人かと会い、あれよあれよという間に『ドナタ』を結成し、今に至るというわけです。

いい歳して、恥ずかしながらお笑いの世界に帰ってきてしまいました。

ありがとう、ロン毛。
良いパパになれよ、無理だと思うけど。

しかし彼がパパになったように、私もこの3年で多少大人になりました。夢だけで食っていけるほど世間は甘くないらしいということも知りました。

26歳からの芸人としての再スタート。芸人のキャリアとしても全く若くありませんし、なにより時間がありません。30歳は目の前です。

ですので、本気で"芸人として生活をする"という事に取り組もうと思っています。

ここで、ドナタのメンバーを紹介します。

ヒサノモトヒロ : 26歳 芸歴4年目?
芸人一写真が上手い、ビジュアル制作が出来る。

大槻オドル : 26歳 芸歴1年目
ドナタ結成の立役者、元リクルートの営業。

シブヤユウキ : 25歳 芸歴4年目
芸人力とコミュニケーション力で業界内の知り合いが多く、ライブのアサインやイベントの主催などをしてくれる。

私は思いました、これ制作会社になるんじゃないか?
今あるリソースを使い、芸人の活動を延長し、制作会社として利益を上げて生活をする事が可能なのではないだろうか?

例えば、高クオリティのネタ動画やフライヤーを作り、それらをポートフォリオに営業をして、WebCMやビジュアルの制作を受注する。
私の経験上、芸人はプランナーの仕事ができます。面白いネタを作るのと、企画やコンセプトを考えるのは脳の使い方が似ています。

そこに営業と制作の機能があるのですから、ビジュアルの総合制作チームとして利益化は十分に見込めます。

だってこれ、僕が今までほとんど1人でやってきた事ですから。

3人で出来ない道理がありません、規模だって大きく出来ます。

現在、シブヤと大槻はバイトをしています。というか芸人はほとんどバイトをしています。
芸人は飽和状態だし、面白くても売れるとは限らない。面白くない芸人は問題外。
売れたからといって一生食えるわけではない、なのに芸人は辞められない。

そんな人が本当に多いし、私も多分その1人なのでしょう。

であれば、芸人のアイデンティティを使って生活ができるようになれば良い。
芸人のアイデンティティで生活ができれば、それは芸人として生きている事になるのではないか。

というわけで、芸人がやる制作会社として法人化します。(準備中です)

しかし大前提として、我々の芸が面白くなければ話になりません。
もちろん賞レースへの参加もします。ライブもやります。映像コントもやります。

とにかく何をするにしても、実力をつけて芸人として認めてもらう必要があります。

その第一歩として、毎月主催ライブを開催する事にしました。
新ネタ4本を目標に、いろんな芸人さんとコラボして毎月ネタライブを行います。

今日は色々言いましたが、伝えたい事はただ一つ

ライブに来てくれ!!!!

分かります。カメラマンが作るコントが面白いわけがない、私ならそう思います。

でも違うんです、コントを作る人が写真を撮っていたんです。
今までのヒサノモトヒロの制作物が面白いと思ってくれる人がもしいるのなら、コントもきっと楽しんでもらえると思います。

ドナタ主催ライブ『何方未知〜どっちみち〜vol.1』を2月11日に中野のシアターかざあなにて行います。

私たちはきっと、本当に頑張ります。

最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました、長文駄文失礼しました。

どうかご贔屓に。

ヒサノモトヒロ

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