稲木紫織のアートコラム・Arts & Contemporary Vol.32
『健康的なエロ展』開催中
NOSE art garageで松井監督と
アーティストNagohoが対談
表参道と青山通りの交差点。表参道交番隣の山陽堂書店から、2軒先の加藤ビル5階に、居心地の良いインティメイトなギャラリー、ノーズ・アートガレージがある。9月30まで開催中の『健康的なエロ展』を松井久子監督と訪れ、このギャラリーを運営し、キュレーションを担当するアーティストのNagohoさん、同じく企画を手掛けるパートナーでアーティストのMisilさんとお会いした。9人のアーチスト作品群は、Nagohoさんによると「インスタグラムで探したアーティストにこちらから声をかけました。訪れる方はこれまではアーティストの方が多かったけれど、今回は一般の方が多いです」とのこと。
NOSE art garageにてNagohoさんと松井監督
5月は『LGBTQIA+』、6月は『死生観』と興味深いテーマを扱い、7月から始まった『健康的なエロ展』は現在までロングランを続けている。「タブー視されている性についてオープンに語れる場を作りたい」「性は自己肯定感に直結するテーマ。自分の身体にコンプレックスのある人も多いが、すべての人が自分らしく自分を肯定して生きていけるようにしたい」と、Nagohoさんはアートと社会をつなぐ。
「健康的なエロ展」ビジュアル
Nagohoさん自身、写真家でありながら劇団を立ち上げ、俳優として舞台や映画に出演。モデルとしても活動するほか、音楽活動も行っている幅広いメディアを持つアーティストだ。しかし、それだけ多様性に富んでいるのに、活字は苦手でほとんど本を読まないという。そんな彼女が、松井監督が2月に上梓した初めての小説『疼くひと』(中央公論新社)は、一気に読めたそうだ。本書は現在も売れ続けており、8刷7万5千部に達している。お二人のトークを聞いた(NagohoさんはN、松井監督はMと表記)。
自身の写真集『-shi-』を手にするNagohoさん
N 「『疼くひと』、一瞬で読めました(笑)。おもしろかったです、純粋に。すごく楽しかった。違和感は一切なかったです。セックスも必要だからそこにあるという感じで。自分が耀子になっているような感覚がありました。でも、それを客観的に、見てはいけない景色を見ているというか、覗かせてもらっているような感覚。Facebookのメッセンジャーのお手紙というか、メッセージのやりとりがすごく好きでした。主人公二人の音としては聞こえない声を、自分の中で声の音色を想像しながら読ませていただきました」
OSHIRIクリエイター、ユユキさんによる写真
M 「私と同世代の人たちは、もう歳だからFacebookやLINEなんて、と言う人もいるけれど、若い人たちにとってのSNSのやりとりを、昔の私たちの手紙みたいに使えたら、そこでしっかり文章を書いて相手に伝えたら、電話でしゃべるよりずっと深くなるし楽しいと思ったの。私、ドキドキしたくてあのシーンを書いたから」
Kanameさんによる「健康的なエロを語る」文章作品
N 「Facebookって、相手が文字を打ってる間、『…』が出てわかるじゃないですか。それが、すごい見えたんです、あの文章から」
M 「嬉しい!」
N 「『…』ってなり続けているけど、結果、連絡が来なかった時、彼は何を言いたかったんだろうって。その後、また連絡が来たら嬉しいじゃないですか」と、内緒話をするみたいにNagohoさんはそっと語る。
Hanaさんによる立体作品
N 「登場人物のやりとりを、読者はずっと同時並行で見れていたのが、後半、実はこういうやりとりがあったというのが後から出てきて、恋愛関係が終わった後のやりとりが前半と違う。二人が、私が思っていたよりもっともっと進んだところにいたんだっていうのを、後から気づいたのが、自分の中では、すごいドキッとなった。全部見れていたようで、読者が置いて行かれて、やっぱり傍観者でしかなかったんだな、と思いました」
べーる/BELLさんによる裸体画
M 「鋭い!この小説の特徴を、一回読んだだけでそこまで掴んだ人は初めてよ!
なにせ素人が生まれて初めて書いた小説ですからね。そんなこともわからず思いのままに書いて、出版が決まった時、編集者が言ってくれるのかと思ったら、彼らも『プロの意見を入れたら普通になっちゃって、この小説の勢いがなくなるからこのままいきましょう』と。その意味がよくわからなかったけど、今、Nagohoさんの感想を聞いて初めてわかった。構成的な欠陥?これまで、そこを指摘してくれた人は一人もいなかったもの。いわゆる本を読み馴れている人よりもはるかに鋭いわ」
アニメーション作家・イラストレーターの冠木佐和子によるアニメーション
M「私はずっとクリエイティブな職業に就いてきたのに、社会で仕事をして生きるために、いろんなものをいっぱい着込んで生きてきたのね。テレビドラマにしても映画にしても、自分の創りたいものをつくるというより、社会が求めているものを探りながら投げかけてきた。だからアーティストではないの。映画監督の仕事ってそういう俯瞰で見れるところが必要で、画家や写真家のようにパーソナルな作業ではない。たくさんの人を束ねる能力とか、そういう訓練をずっとしてきたと思うのね。それで70代の半ばになって、やっと着込んでいたものを脱げた時、『疼くひと』が書けたのかもしれない。だから、一番美味しいデザートを、最後に残しておいたって感じかな(笑)」
マレーシア出身のアーティスト、Nelson Horによる日本画と写真
50歳の年齢差を感じさせない松井監督と、25歳のNagohoさんの波長の合い方に驚く。初対面なのに、まるで昔からの友人同士のよう。松井監督が、「セクシャリティの面では、どの時点で自分は同性が好きだと気づいたの?」と質問。「最初からですね。小学生の時から、ずっと年上の母親くらいの年齢の女性が好きでした。恋愛感情はあんまりないんですよ。私、性行為にもそんなに興味がなくて。本当に人として必要な感じでずっと生きてきました」とNagohoさん。
Matheus Katayamaによる、ゲイセックスのひとつの在り方
「ダークルーム(暗い部屋)」
「Misilが初めてですね、ちゃんと好きだって思えたのは。恋愛感情があります。今までは、自分が相手に対して役割を持っていた。年上の方を好きでいた時も、そういう方の方の相談相手というか、話を聞く役割をしている関係でした」
M 「私にもして(笑)」
Nagohoさんと松井監督
M 「若い頃の私は、人を好きになっても肉体関係は結婚するまでダメとか、自分にいろんなタブーを課していたわ。いつも重要なのは、社会の子としてのまともさで、みんなに偉いと言われるのが大好きな娘だった。でも、Nagohoさんと話して思ったの。あなたはこんなに若いのに、社会の役割よりも本来の自分でいることを大事に生きている。なんて素晴らしいんだろう!って。私にはそれが、いつまでもできなかった。何でなんだろう?と思ったの。この話、根源的でおもしろいわ。二人で本が作れるくらいよ」と、監督は頬を紅潮させた。
最後は、二人とも自分らしく自由でありのままに。まさに、オープンに自分自身や性について語れる場所である『健康的なエロ展』のコンセプトに重なるような出会いに立ち会えて幸せだった。これからのアートシーンを牽引していくであろう、この二人の動向が楽しみでならない。ノーズ・アートガレージでの本展は9月30日まで。リラックスできて、なおかつ生きる力が湧いてくるこのギャラリーを、ぜひ訪れてみてほしい。
『健康的なエロ展』は9月30日まで。エントランス+1ドリンク 1200yen
稲木紫織/フリーランスライター。ジャーナリスト
桐朋学園大学音楽部卒業
音楽家、アーティストのインタビュー、アート評などを中心に活動
著書に「日本の貴婦人」(光文社)など
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