稲木紫織のアート・コラムArts & Contemporary Vol.11
静嘉堂文庫美術館にて
『能をめぐる美の世界』の
幽玄なる空間に遊ぶ
田園都市線を二子玉川で降り、改札が一つの駅を出て近未来的な広場を抜け、右手へ歩くとバスターミナルがある。すぐ近くの4番に乗り、数個目が静嘉堂文庫。そこは、まるで北鎌倉から鎌倉へと続くような佇まいの景色が広がっていて、驚く。バス停から少し先を左折し鬱蒼とした山道を数分間登って行くと、静嘉堂文庫美術館が見えてくる。
この先に静嘉堂文庫美術館が
静嘉堂は、三菱財閥の創業者である岩崎彌太郎の弟、三菱2代目社長の彌之助と岩崎小彌太の父子2代によって設立され、国宝7点、重要文化財84点を含む、およそ20万冊の古典籍と6,500点の東洋古美術品を収蔵している。最初は駿河台の岩崎邸、後に高輪邸(開東閣)の別館に設けられ、1924年、J・コンドルの設計で現在地に建設。1992年、創設100周年に際して新館が建設され、静嘉堂文庫美術館が開設された。
現在、開催中の『能をめぐる美の世界』は、彌之助愛蔵から120年を経て初公開される、越後国新発田藩主溝口家旧蔵能面コレクション67面である。チラシにも、「大名家秘蔵の能面コレクションをまるごと一挙初公開」の文字が躍る。能面67面のうち、33面は三菱財団の助成により修復され、公開可能となったとか。古いが出来立てほやほやでもある。
本展をどうしても見たかったのは、9月2日、国立能楽堂公演『安達原』(シテ観世喜正)で、静嘉堂所蔵の江戸時代中期の能面「曲女(しゃくめ)/曲見(しゃくみ)」が直使用されたと、新聞で見ていたから。展覧会に先駆け、一般人の目に触れることの一切なかった面が、現代の能舞台を舞う、という粋なパフォーマンスが心憎いと思った。
国立能楽堂での『安達原』公演
吸い寄せられるように「曲女/曲見」に近づく。増阿弥によって江戸時代中期(18世紀)に作られた面だ。人生経験を重ねた中年の女性を表しており、顔全体がしゃくれている感じ。乱れた毛描とやや肉の落ちた目元や頬に特徴がある。《百万》や《三井寺》など、子供を失った悲しみで狂乱する母の役など、狂女ものに使用されることが多い。この面が最近、実際に使用されたのかと思うと、瑞々しいような生々しさを感じるから不思議。
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