見出し画像

稲木紫織のアートコラム Arts & Contemporary Vol.34

「キューガーデン
英国王室が愛した花々」展を
東京都庭園美術館で楽しむ

先週まで真夏とほとんど同じ格好をしていたのに、突然秋が深まり、冬めいた肌寒さにライダースを引っ張り出した。とはいえ、散策するには心地よい季節の到来。JR目黒駅から徒歩数分の別天地、東京都庭園美術館へ訪れてはいかがだろう。隣に自然教育園の林を臨む、旧朝香宮邸である本館の佇まいは、訪れるたびにここが都会であることを忘れてしまう。

画像1

東京都庭園美術館外観

現在、『キューガーデン 英国王室が愛した花々 シャーロット王妃とボタニカルアート』展が開催中。英国王立植物園「キューガーデン」は、世界遺産に登録され、22万点余のボタニカルアートを所蔵する世界最大の植物園である。都会でありながら庭園に恵まれ、自然教育園の木々や植物に恵まれた庭園美術館で開催するのに、なんとぴったりの展覧会だろう。

画像2

外看板

キューガーデンの始まりは1759年、ジョージ3世の母であるオーガスタ皇太子妃がロンドン南西部に造った小さな庭園に端を発するが、ジョージ3世とシャーロット王妃の時代にその規模を飛躍的に広げ、当時ヨーロッパを席捲していた啓蒙思想などを背景に、植物学的にも多大な発展を遂げたという。

画像3

ヨハン・ソファニー「シャーロット王妃の肖像」1772年

本展は、キューガーデンのコレクションを中心に、18~19世紀のボタニカルアート約100点のほか、シャーロット王妃が愛し、英国王立御用達となったウェッジウッド社の陶磁器などを展示。本来は、図鑑のための精密な絵から発展したボタニカルアートが、英国における自然科学や植物の発展を示すとともに、美しい花々に囲まれる幸せで私たちを魅了する。

画像4

ウェッジウッド 平皿「ウォーター・リリー」1808-1811年

まず目につくのは、英国の国花でありシンボルの薔薇。これは「テューダー・ローズ(ユニオン・ローズ)」と呼ばれ、その由来は15世紀に遡る。王位継承権をめぐってランカスター家が赤薔薇、ヨーク家は白薔薇を紋章に争い、この内乱は後に「薔薇戦争」と呼ばれた。後日、両家が結婚によりテューダー朝を開き、その連合のしるしとして、赤白の薔薇が重なった紋章「テューダー・ローズ」が誕生。

画像5

トマス・ハーヴェイ夫人「ローザ・ケンティフォリア(キャベツローズ)とローザ・ガリカ(フレンチローズ)の栽培品種(バラ科)」1800年

旧朝香宮邸らしい展示だと楽しくなるのは、本館2階の允子(のぶこ)妃殿下の寝室に、女性画家たちの作品が集められていること。18世紀の女性たちにとって、植物学や水彩画を学ぶことは、教養のひとつと見なされていた。そのような社会的背景によって、マーガレット・ミーンやアン・リー、クララ・マリア・ホープなど、女性植物画家が登場し、活躍することとなった。

画像6

旧朝香宮邸である本館2階、允子妃殿下の寝室

新館では、1787年に創刊され、現在もキュー王立植物園が刊行を続ける『カーティス・ボタニカル・マガジン』に掲載された絵画を展示。本誌は何とも贅沢なことに、専属の画家が描いた水彩画を元に銅版画で複製し、一点ずつ手彩色された図版が用いられていたとか。本展では、原画と手彩色銅版画を対で見せている。

画像7

新館

やはり庭園美術館らしさが感じられるのは、同じく新館の「カンパニー・スクール」のコーナー。「カンパニー」とは、イギリス東インド会社のこと。18世紀後半~19世紀にかけて、インドでイギリス人のために制作したインド人画家を、「カンパニー・スクール(カンパニー派)」という。東インド会社が影響力を持っていた東南アジア、東アジアで同様に生まれた作品も含む。これらの隣に、自然教育園から借りたという実際の植物の写真パネルが展示されているのだ。美術好きのみならず、植物好きも楽しめるところが、本展の見どころのひとつだと思う。

画像8

逸名中国人画家「バラ属の1種(バラ科)」1900年頃

広々としたホワイトキューブの新館は、“アール・デコの館”である本館とは対照的。対極にあるそれぞれの建築を味わえるのが楽しい。そして、庭園。本館の窓外に広がる自然を愛でながら、薔薇の香りの漂ってきそうな英国の植物園で、花々に囲まれる幸せにぜひ酔いしれてほしい。本展は11月28日まで。

画像9

www.teien-art-museum.ne.jp

しおり〜カバー

稲木紫織/フリーランスライター。ジャーナリスト
桐朋学園大学音楽部卒業
音楽家、アーティストのインタビュー、アート評などを中心に活動
著書に「日本の貴婦人」(光文社)など

ここから先は

0字
1.映画監督松井久子と読者との双方向コミュニティに参加できる。2.ワークショップ(書くこと、映画をつくることなどの表現活動や、Yogaをはじめ健康維持のためのワークショップに参加できる)3.映画、音楽、アート、食と暮らしなどをテーマに一流執筆人によるコラム。4.松井久子が勧めるオンライン・セレクトショップ。

鏡のなかの言葉(定期購読)

¥1,000 / 月 初月無料

映画監督松井久子が編集長となり、生き方、暮し、アート、映画、表現等について4人のプロが書くコラムと、映画づくり、ライティング、YOGA等の…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?