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なかほら牧場発 これからの食と農を考える⑧

日本の牛乳はなぜまずいか?

100人以上の死者と10,000人以上にも及ぶ被害者を出した森永ヒ素ミルク中毒事件は、その後の牛乳業界に大きな変革をもたらした。

乳質安定剤として、ほとんどのメーカーが使用していた添加物が法律で禁止されたのである。これに対応して森永はイギリスのAPV社が熱帯地方の牛乳殺菌のため開発したプレート式の連続高温殺菌器の導入をおこなったのである。

牛乳の殺菌方法には低温長時間保持殺菌法(LTLT・low temperature, long time)、高温短時間連続殺菌法(HTST・high temperature,short time)、超高温瞬間殺菌法(UHT・ultra high temperatatre)に分けられる。LTLT法は63°~65°で30分殺菌を行うものである。これは1864年フランスの細菌学者ルイ・パスツールがワインの異常発酵を抑えるため発明した殺菌方法で有害菌を殺菌し有益菌は残るという方法であった。HTST法は1911年アメリカの細菌学者ノースが発明した72°~75°で15秒間のプレート式連続殺菌方法である。この発明は殺菌時間の大幅な短縮でより効率的な方法に進化した。この2つの方法は欧州などでは低温殺菌牛乳と呼ばれる部類に入るものである

一方、UHT法は120°~150℃で2~3秒殺菌であるがこれは殺菌というより滅菌であり有害菌のみならず有益菌まで死滅する。このUHT牛乳を無菌の真空パックに詰めたものをLL牛乳(ロングライフ牛乳)と呼ばれた。この方法で殺菌パック詰めした牛乳は欧州などでは長期保存用の食料などとして用いられ,フレッシュ牛乳とは似て非なるものと考えられていた。

欧州諸国の飲用牛乳はいわゆる低温殺菌と呼ばれるLTLTやHTSTの牛乳が多い。特に北欧の各国はほぼすべてが低温殺菌牛乳であるが、我が国はそのほとんどがUHT牛乳で、しかも国際的にはJ-UHT(Japan-UHT)と揶揄される方法の殺菌方法で80~90°前後の予備加熱を経て120~150°2~3秒という方法で殺菌されている。これは正当なUHTと比べ熱変性が大きいことは言うまでもない。その上、欧州のUHTはアルミ箔で覆われた密閉の容器で長期間保存可能牛乳であるのだが日本のUHTは通気性のある紙パックに入れられ、それをフレッシュ牛乳として堂々と販売しているという世界的に見ても非常に奇異な牛乳業界なのである。

その後、森永ヒ素ミルク事件という前代未聞の大事件を起こしたにもかかわらず牛乳の消費は拡大し続けた。その最も大きい要因は学校給食である。1960年代に入り学校給食の全国的普及となり生徒数の急増もあり消費は年々増え続けた。これに対応できたのは皮肉にもUHT殺菌の恩恵である。

しかし日本の牛乳は不味くなっていった。詳しくは次回述べるがその理由は思想社刊平沢正夫著「日本の牛乳はなぜまずいか」に詳しい。

中洞 正(ナカホラタダシ)
1952年岩手県宮古市生まれ。酪農家。
東京農業大学客員教授、帯広畜産大学非常勤講師、内閣府地域活性化伝道師。
東京農業大学農学部在学中に、草の神様と呼ばれた在野の研究者、猶原恭爾(なおはらきょうじ)博士が提唱する山地酪農に出会い、直接教えを受ける。卒業後、岩手県で24 時間 365 日、畜舎に牛を戻さない通年昼夜型放牧、自然交配、自然分娩など、山地に放牧を行うことで健康な牛を育成し、牛乳、乳製品の販売を開始。
牛乳プラントの設計・建築、商品開発、販売まで行う中洞式山地酪農を確立した。
著書に『おいしい牛乳は草の色(春陽堂書店)』、『ソリストの思考術 中洞正の生きる力(六耀社)』、『幸せな牛からおいしい牛乳(コモンズ社)』、『黒い牛乳(幻冬舎)』など。

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