双子の肩

 さゆらとそよごは双子。

 姿形も似ていて、性格は異なる双子。

 街を歩けば皆が二人を見下ろして、笑っていた。

 成長の遅い二人は、本当は今年の秋でもう十六歳なのに、見た目は小さな小さな十歳。

 秋はまだ遠い。

 

 さゆらはそんな笑う人人に怒りをぶつけ、そよごは笑われる自分達を悲しんだ。

 双子は、そんな双子だった。

 二人が生まれる年まで、この街は戦争で汚れていた。人人は大量に死に、街の塵捨て場や裏路地や大広場にたくさんの死体が溢れた。街で有名だった立派な建物は爆撃で瓦礫の山となり、火の手は煙を行く筋も上げていた。

 戦いの理由を二人は知らなかった。お金が欲しいとか隣りの国がなんとかと親が言っていたのを寝る間際に聞いた。実際、戦争が終わってもう何年も経っているのだが、物価は高く、食料も乏しい。

 この国は負けたのだった。負けた国の未来は暗く、悲劇が街を覆った。そんな厳しくも悲しい現実は、二人の家を襲い、家族を散り散りにさせた。母と父は、何処かの海の見える街に行ったらしい。

 海の見える街は、仕事があるそうだ。母と父は二人を置いて行ってしまった。

 さゆらとそよごは何時も何時も一緒に居る事を誓った仲だったから、親を追いかけて海の見える街には行こうとは思わなかった。

 別に、母も父も好きではなかった。ふたつ離れた姉が居たが、都会の学校に行ってしまってから、姿を見ていない。

 姉が出て行く時に、都会は肉屋が人を殺しているから危ないと言ったら、傘で殴られた。

 そよごは瞼の上を切って、さゆらは頬を切った。今でもその傷は残っている。

 だから、周囲の人間は、さゆらとそよごの区別をつける事が出来た。でなければ、わからない程、二人は似ていた。

 

 さゆらは上手く物事を喋れない。

 頭の中での考えが、上手く言葉に出来ないからだ。ゆっりとした時間をかけなければ、誰もさゆらの言おうとしている事を理解できない。そうして、この街にはそんな身寄りのない二人の話を時間をかけて聞こうという優しい人間はいなかった。

 そんなさゆらの考えている事を簡潔に伝えているのがそよごだった。

 そよごは頭が良かった。それゆえに、自分達の立場を理解して、悲しみ苦悩していた。

 そんなそよごをなぐさめようと、さゆらは頑張るのだが、何時も何時も逆に自分が慰められていた。惨めだった。

 街の端にある、あまり治安のよくないアパートの並ぶ塵の掃き溜めのような場所で、二人は暮らしていた。

 生きていくのに最低限の生活費は、街の生活保護の人が助けて呉れていた。

 そうして二人は、何時も寄り添って生きてきた。

 さゆらの右にはそよごが居て、そよごの左にはさゆらが居た。目が合う度に、小さな笑みをこぼして、前を向いた。

 やがて二人は十六歳になって、少しだけ背が伸びた。

 毎日毎日二人で買い物に行って、少しのお金でその日の食べ物を買う。

 今日は、鶏肉とパンを買った。家にはまだ野菜があったから、あえて買う事はしなかった。薪を買うお金を貯めないと、冬は越せない。

 最近は、肉類は高いから、ちょっと奮発してしまった。

 そよごの体力をつけてあげようと思った、さゆらの計らいだった。そよごは、最近元気がなかった。

 空気が冷たくなって、温度が下がると、姉に傷つけられた所がじくじくと痛んだ。腐っているわけではないのに。

 姉は暴力的だった。何かと文句をつけては、二人をよく叩いていた。

 そよごの方が頭が良くて、姉の学校の宿題をこっそり解いてしまった時は、そよごが気絶するまでパンの生地を伸ばす棒で何度も何度も叩いた。

 おかげでそよごは記憶がたまに飛ぶ頭になってしまった。頭はいいのに、さゆらは残念に思った。

 そよごはさゆらの知らない事を知っていた。海について、料理について、雪、街、冬、双子、色々知っていた。

 さゆらは、そよごの事が好きだった。だから、二人を見て笑う街の人は嫌いだった。そよごを笑っているから。自分なら、いくら笑われても全然平気であった。

 そよごはさゆらが羨ましかった。自分より物事を理解していないさゆらが羨ましくて羨ましくて仕方が無かった。

 姿形も似ているのに、性格は異なる双子だった。

 

 

 冬になって、赤い服を着た人が街を多く俳諧する頃、二人は買い物に出かけた。

 そよごは元気をなくしていた。さゆらは、そんなそよごを元気にしようと、果物を買った。

 冬の果物は高くて高くて、でも、さゆらは自分のお昼を三日間我慢して買った代物だった。

 途中でそよごに気づかれたけど、それでもさゆらは果物を買った。

 赤い丸い果物だった。鼻を近づけるととてもいい匂いがしたから、この果物を買った。蜂蜜みたいな甘い匂い。

 そよごは、その赤い丸い果物の匂いを嗅いで、少し笑った。

 そうして、言い聞かせる母のようにその名前は林檎だという事を教えてくれた。

 そうやって得意げに説明するそよごの鼻も、リンゴみたいに真っ赤だった。

 十二分かけてそよごの様子を伝えると、そよごはさっきよりも楽しそうに笑った。久々に見るそよごの笑顔だった。

 いい事あったのかな。

 さゆらは心の中で考えた。そよごにいい事があった。それだけで、さゆらにとってもいい事だった。きっと、リンゴがくれたいい事。

 

 隣りの部屋のあきらいが死んだのは、それから少し経った雪が降りそうな午後だった。

 あきらいは、煙草を吸っていて、何時も何時も泣きそうな顔をしていた。聞いたら、泣きたいのに涙が出ないからだそうだ。

 ベランダにある朝顔に水をあげるのが、あきらいの日課だった。

 朝顔は冬に入ってから既に枯れていた。それでも、あきらいは水をあげ続けた。あきらいは今にも泣きそうな顔をしながら、毎日毎日水をあげていた。

 白い息を吐き出しながら、あきらいがベランダに出ている姿を見るのが、そよごの日課だった。

 見ている事に気付くと、あきらいはにこりともしない顔で右手を数回振った。そよごも頑張って右手を振った。

 さゆらは朝は苦手なみたいで、何時もお昼にならないと起きなかった。そよごは、そんなさゆらに付き添って、昼まで寝ていた。

 昼過ぎになってさゆらが起きた。まだ眠そうな顔をしていた。いい夢を見る事が出来なかったみたいだった。

 そよごは夢を見ない。だからさゆらが夢の話を楽しそうに聞くのが、少し悔しかった。なんで自分には見えない。そよごは本を読んで調べた。でも、わからなかった。

 怖い夢を見たさゆらの話をじっくりと聞いていると、昼はとうに過ぎてしまった。買い物に行かなければ、此処には何も無い。

 出かけようとした時、あきらいが部屋に来た。

 酒の飲みすぎで掠れてしまった声を張り上げて、あきらいは二人に唄を歌ってくれた。悲しい歌詞だった。

 そうしてあきらいは、枯れた朝顔の鉢を持って、二人の部屋の窓から飛び降りた。さゆらの悲鳴がそよご耳を劈いた。

 あきらいは、病気だった。どこかは知らない。頭だったのかもしれないし、違う所だったのかもしれなかった。

 

 雪が降っていた。高さは膝が埋まってしまう程だった。さゆらは楽しそうにはしゃいでいた。

 そよごは、雪を眺めていた。首が疲れるのも気にせずに、ただただ雪を眺めていた。

 街は白一色に染まり、人人も心なしか雪を楽しく見ている様子だった。さゆらは、そんな街の雰囲気も気に入った。

 冬は好きな季節かもしれない。そう思えた。

 あきらいの墓はなかった。警察が持っていってしまったからだ。きっと何処かの冷たい部屋に置かれて腹を裂かれているのだろう。

 真っ赤な血はだらりと流れ、内臓はすっかりぶちまけられている事だ。

 雪は、そんなあきらいの血も吸い取ってくれるのだろうか、そよごはそんな事を考えてしまった。

 違う事を考えている二人には、冬は寒すぎて、楽しすぎた。

 

 あきらいの部屋とは逆隣り部屋のみよりが死んだ。

 独りで部屋に居たら飼っていた犬に喰われた、それ以上の詳しい事はわからない。

 みよりは顔を食われていた、表面はザクロみたいに赤くぐじゅぐじゅしていて、さゆらが酷く怖がっていた。そよごは運ばれていくみよりをただただ見つめているだけだった。

 みよりは美人だった。夜になると何処か遠くの店に行って、朝日が昇るまで帰ってこない。そんな単純な生活を毎日毎日繰り返していた。

 誰よりも綺麗な茶色い目で、誰よりも汚い物を見ていたみより。その心を癒してくれたのは、狼のぎだった。

 ぎは凄く大きくて、大きな口を持っていて、毛並みも銀色で綺麗だと近所で評判だった。

 二人はぎが嫌いだった。ぎは何時も何かを狙っている冷たくて鋭い目をしていて、よくゴミを漁っている烏を苛めていた。

 みよりの死ぬ前の夜、彼女は仕事に出かけたのだった。

 冷たい石畳の上には、雪の溶け残りがぽつぽつと点在していた。みよりは短い髪を指で遊ばせながら店に出かける。

 戦争体験者のみよりには、街や人は塵以下だった。数年前までこの街も瓦礫と死体の山ばかりで、虫が湧いて、犬が死肉をあさった。

 そんな犬の頂点に居たのが狼のぎだった。ぎは人間の言葉を理解できる程、年齢は高く知能も高かった。ぎの大好物は、人間の肉だった。そして、ぎの嫌いな物は、自分の貯める死肉を先取りしてた烏たちだった。

 仕事から帰ってきたみよりを襲ったのは、人の肉に飢えたぎだった。みよりは、悲鳴をあげる事はなかった。

 

 

 そよごは決心した。都会へ行こう。さゆらを誘った。

 さゆらも同意した。二人で、汽車に乗って都会へ行く事にした。汽車に乗るために、二人で一週間、夕飯を我慢した。

 春の暖かい日を選んで、住んでいた部屋を飛び出した。あきらいもみよりも死んだから、別れの挨拶はなかった。

 だけど、さゆらは手にあきらいの残した朝顔の種を。そよごはぎの残した首輪を持っていた。姉につけたれた傷が痛む朝だった。

 汽車に乗っている時間は凄く長かった。二人は寝たり話をしたりして時間を潰していた。

 一緒に乗っている客は、二人を不思議な目で見ていた。あんな子供が、たった二人で都会に何しに行くのか、疑問だったのだろう。

 さゆらは楽しそうに話していた。色々な事を話した。冬に買ってあげたリンゴの話もした。だけど、そよごは忘れてしまっていた。

 そよごの頭は記憶力があまりない頭になってしまっていたからだった。さゆらは淋しくなった。

 ふと耳にあきらいの歌声が聞こえた。悲しい歌詞。死んでしまった朝顔とあきらい。笑えなかったあきらい。

 そよごはあきらいの事も忘れてしまっていた。あのあきらいの悲しそうな顔すら忘れてしまっていた。きっと明日にはみよりの事もぎの事も忘れてしまうのだ。最近、そよごの記憶はなくなりつつあった。頭のよかったそよごは、どんどん馬鹿になっていく。

 さゆらは必死にそよごの記憶を繋げようと努力した。拙い言葉と動作で必死に必死にそよごに伝えた。

 そよごの鼻はもう赤くなる事はなく、笑う事も出来なくなっていた。どうして都市に行こうとしたのかも忘れていた。

 二人はそんな状況の中、都市に着いた。皆がじろじろと二人を眺めた。

 

 人の少ない方少ない方を目指して歩いたら、墓場にたどり着いた。周りには誰も居ない。

 さゆらは、そよごの方を見た。そよごは、ただ笑った。口の端の筋肉が少し動いただけだったが、さゆらにはそよごが笑ったように見えた。

 リンゴが無くても、そよごは笑えた。何にも考えなくても、そよごは笑った。

 笑えなかったあきらいとは違う、だから笑えるそよごは大丈夫だ。さゆらはそう考えた。

 読めない記号の彫られている墓石を横目に見ながら、二人は墓場の奥へと進んでいった。空は暗く、重い鉛色をしていた。

 みよりの両親が爆撃で死んだ時は、綺麗に晴れた青い空の日だった。あきらいが朝顔に水をあげ始めた時、二人は生まれた。二人の母と父は二人の姿形に驚いた。ぎが始めて人間を食べた日、そよごは姉に生地を伸ばす棒で叩かれた。みよりがぎを拾った時、二人は姉に傘で叩かれた。

 二人が離れた事はただの一度もなかった。さゆらはそれが嬉しかった、そよごはそれが厭だった。だから、そよごは都市でさゆらと離れようと決心していた。しかし、そよごはもうそんな強い決心すら忘れてしまった。

 瞼の上と頬に出来た傷は、二人を見分けるのに重要な傷であった。しかし、二人にはその傷は邪魔であった。

 

 

 

 次の日の朝になって、警察は二人の腹を裂いた。二人は数日間何も食べていなかった。内臓は小さく衰弱し、血は濁って汚かった。

 二人の冷たくなった躯は服を剥がれた状態で、寂れた墓場の入り口とその奥で見つかった。入り口に居たのはさゆらで、奥に居 たのはそよごだった。さゆらの持っていた朝顔の種も、そよごの持っていたぎの首輪もなくなっていた。

 二人を知っている人間は、都市にはいなかった。姉が都市に居るはずなのだが、見つけられなかった。

 警察が二人を冷凍保存してから一ヵ月後に二人の住んでいた街の生活保護の人が来てくれて、二人は漸く土に埋められた。腕が一本見つからない、警察の人が遺体を引き取りに来た生活保護の人に聞いた。

 小さいため息を吐きながら、生活保護の人は答えた。

 彼らは肩が繋がっていて、さゆらの右腕とそよごの左腕は同じ腕なんです。奇形児ですね、今で言う。ほら、この腕は、本来小指の部分も親指でしょう。これが真中の腕なんです。

 警察はもう何も言わなかった。すみませんでした、犯人は近所の肉屋です、と事務的に答えただけだった。

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