曽根崎心中(木場関)


「情婦と心中たぁ、大層なこった」

 奥多摩で発見された男女の死体には、手拭と数珠が幾重にも括られていた。それは、死後も決して離れないという意思表示のようにも見てとれた。

「こりゃあまるで曽根崎心中じゃあないですか」
「なんだそりゃ」
「嗚呼、先輩は知らないかもしれないですね。縁が遠そうですから」
「うるせ。―――で、その、尾根なんたらってなんだよ」
「曽根崎心中ですよ。人形劇とか歌舞伎で使われてる古い演劇の一種です。
曽根崎の森で好きあってたが結ばれない二人が、
互いをこう手拭で結んで来世を誓い心中したって話です」
「ほぉ、そんな劇なんざ見たいものか?」
「確か……江戸時代の実話らしく、
この演劇後、真似して心中する事件が絶えなかったみたいですし、
人気はあるみたいですね」
「今も昔も煽動される阿呆ばかりだな」
「ははは。でも、死ななきゃ結ばれないってのは、悲しいですねェ―――」


 青木の野郎が、しみじみと言うものだから、それからそのことが頭から離れなかった。
ごろりと横になって目を閉じれば、要らぬ妄想が頭を過ぎる。
 関口が、綺麗な顔で嗤っている。
 数珠を持って、手拭を持って、脇差を俺に差し出して嗤いながら言ってくる。


 死 ぬ ま い か 


「―――!!!!」

 驚いて目を覚ます。
 全身がべたりと脂汗で濡れ、気持ちが悪い。
 横になってからまだ時は浅く、時間は数分しか過ぎ去っていなかった。
 厭な夢―――否、あれは俺の願望なのだろうか?
 互いに互いの地位を守る為、捨ててしまった感情が、俺に願望として夢を見せてしまったのだろうか。
 来世を願い、互いの手を結び死ぬ。
 それは俺の暗い願いなンだろう。
 もう一度目を閉じれば、夢の続きが見れるだろうか……?
 それを何処かで望みながら、木場は深い眠りに落ちていった。



 曽根崎の森の下
 風音に聞こえ
 とり伝え
 成仏疑いなき
 恋の手本となりにけり



二次創作
京極堂の木場関。

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