坂本九/トリビュートアルバム
九ちゃんが飛行機事故でなくなったと聞いたその日の夜(一九八五年八月十二日)、ぼくは布団に横になりながら、持っていたドーナツ版のレコードを次々にプレーヤーにかけ、眠れない一夜を過ごしました。「上を向いて歩こう」、「少女」、「若者たち」、「街角の歌」etc.。悲しいというより、あるいは悔しいというより、ただただ虚脱感だけがぼくを包み込んだ一夜でした。
ぼくは小学生の頃から九ちゃんが大好きで、彼の出演する番組(「九ちゃん!」とか「天下堂々」、「里見八犬伝」など)は欠かさず見たし、映画(「九ちゃんのでっかい夢」)も見たし、レコードもずいぶん買ってもらいました。
今でもなぜか思い出すのは、母と一緒に町のレコードショップに行ったときのこと。はじめは別の歌手のレコードを買おうと思って行ったはずなのに、結局九ちゃんのレコード(「太陽はさんさん」だった)を買ってもらった。あのときの店のようす、あのときの店員さんの言葉。なぜか、脳裏に焼き付いているんです。大したことじゃなかったのに、なぜか記憶に残っていて、忘れられないんです。
一九九七年十二月、『坂本九/トリビュートアルバム』がリリースされました。中西圭三やJAYWALK、坂本冬美らが九ちゃんのヒット曲をカバーしています。予想以上の出来映えですよー。ま、正直なところ、何でこんな歌い方するの? って思う曲があり、歌手がいるのは事実ですけど。しかし逆に、新たな発見もありました。
一番感動したのはね、九ちゃんの娘さんたちが歌った、『そして想い出』です。これと一路真輝さんの『心の瞳』だけは、九ちゃん自身の歌ったそれよりも良いと思いました。変にツクったり飾ったりせず、とても素直に、曲自身の心と九ちゃんの心に寄り添って歌っている感じがします。
それにしても大島姉妹の、伸びやかで屈託のない歌唱はどうだろう。じっと聞いていると、心が洗われるような気がしてくる……。
で、最後に、ぼくが一番好きな九ちゃんの曲をあげておきましょうか。『上を向いて歩こう』は別格として、なんといっても『街角の歌』。なぜかベストアルバムにも収録されない曲だけど、これはぼくが今一番見たい映画『九ちゃんのでっかい夢』の、挿入歌でもあります。この映画はなんと、山田洋次監督の作品なんですよ。九ちゃんが倍賞智恵子さんと共演している。ね、見たくなったでしょ?(1998.1.16)