センセイの鞄
ガマンした甲斐、待った甲斐があって、ようやく『センセイの鞄』を文庫本で読むことができました。オジサン泣かせの傑作です。
「あわあわ」と流れる時間。いかにも川上弘美さんらしい、ホンワカ表現じゃぁありませんか。夢かうつつかといった感じの。
解説でも指摘されている、弘美ワールドの不可思議な時間の構造はここでも健在で、といって「彼女のものの中では比較的時間がすなおに流れているように見える」から読みやすく分かりやすく、といって時には「別の時間が入りこみ、逆流したりねじれたり入れ子になったりする」から読者は心地よく翻弄され、とりわけオジサンは自分自身の過去と現在を行きつ戻りつしいしい、わずかに狂おしく、ほのかに甘く、至福の時に身を浸すことができる……。罪な、いやさ有り難い傑作です。
木田元さんの引くくだりももちろん美しいけれど、ぼくは、「島」でのセンセイとツキコさんの始めての同衾と、そうだな、二人で泣いた、ディズニーランドの夜のパレードにジンと来たね。あの華やかなパレードが近づき、そして遠ざかり、「わたしとセンセイは闇の中に残された。行列の最後尾のミッキーが、腰を振りながら、ゆっくりと歩いていった。わたしとセンセイは、闇の中で手をつないだ。それから、少しだけ身震いした」、あの場面に。(2004.10.05)