やまない雨はない

 あれはいつのことだったのか、その日も別の日と同様に、柵をまたいで向こう側に下り、その縁に立ちました。
 これでもう行ける──そう思う瞬間がありました。思うのと同時に、私は跳んでいました。
 真上に飛び上がった私はしかし、次の瞬間はもう、同じ場所に着地していました。

倉嶋厚『やまない雨はない』、文藝春秋、144頁

 倉嶋厚さんといえば、かつてはお天気キャスターとしてつとに知られていた方。その倉嶋さんが奥様に先立たれ、闇に突き落とされた状況については、すでに『死をめぐる五〇章』(朝日選書)を読んで知っていました。そしてこのたびは、『やまない雨はない』です。この本を読んで、心を打たれない人はいないでしょう。中高年なら、なおのこと。

 妻の死を経て鬱病に陥った倉嶋さんは、何度か自殺を試みたのだそうです。マンションの屋上に立ったり、物置きから紐を持ち出してみたり。しかし彼は結局それを果たすことなく、周囲の力添えもあって精神神経科に入院……。8月に出版された『やまない雨はない』は、妻の死から、長い苦しみの期間を経てようやく「小春日和」にたどり着くまでの日々を綴った、彼の手記です。藤沢周平同様、倉嶋さんもまた、ここまで赤裸裸に己を書ききらなければ、救いと再生を得られなかった、ということなのでしょう。

 でもね。これほど苦しみ、のたうち回ったのだとしても、「やまない雨はない」。倉嶋さんは今、こうおっしゃいます。今がいちばんいいとき。妻はもういないけれども、今がいちばん。「今日一日ありがとう」「明日一日ありがとう」で、一日ずつていねいに生きていけば、自然と人生は展開してゆくのだ、と。

 ぼくにも鬱の素地はあるから、勇気づけられるね。倉嶋さん、ありがとう。(2002.11.07)

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