『アラビア・ノート』の女性たち

 普通の人の普通の暮らしを読むと、ホッとします。遥かに遠いアラブの地にも普通の人がいて、普通の暮らしをしている。もちろん、風俗や習慣は大いに違うけれど、それは彼らがその地の自然環境に適った暮らしをしているというだけのこと。

 片倉もと子さんの『アラビア・ノート』(ちくま学芸文庫)。もともとは1979年に刊行された本で、『イスラームの日常世界』や『「移動文化」考』でもと子ファンになっていたぼくはずっと読みたいと思っていたのですが、このほどちくま学芸文庫に収められたおかげで、やっと手にすることができました。

 いささか古い本ではあるけれど、アラブの時の流れはゆったりしています。文化の本質が変わったわけではありません。もともと「文化は文明とちがい、変化しにくいところがある」。

 筆者が女性であり、女性たちの中に混じってフィールドワークを重ねてきたせいか、『アラビア・ノート』に登場する女性たちは本当にいきいきと描かれていますね。昔の、羊の大群を追いつつ意気軒昂だった頃の夫・アハマドを思い出しながら、定住生活に埋もれてすっかり元気をなくしてしまった最近の夫に、「やさしくしてあげなくては──」と分かりつつも失望を隠せないマリアム。いるよねえ、こんなおばさん。日本にも。どこにでも。

「アハマド、コーヒーはまだなの。夜会の分は、また、あとでいいのよ」
 今夜は、マリアムのところで、女の集いがある。アハマドが、もっとてきぱきと用意をしてくれないと困るのだ。町に出て、チョコレートというものを買ってきてほしいと昨日から頼んであったのだが、アハマドはものうい返事で頼りにならない。結局、近くにいるマリアムの弟に行かせた。昔は、こんなではなかったはずだ。(22頁)

片倉もと子『アラビア・ノート』、ちくま学芸文庫

 男はつらいよ、アラブも日本も。(2002.12.4)

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