アナトミー4日目
アナトミー4日目。
今日もセッションをこなしていった。
今日のセッションで印象深かったのが
子供の頃のトラウマについて
おそらく誰しもが子供の頃に
トラウマ的な出来事が1つは
あったのではないでしょうか?
私の子供の頃のトラウマの1つが
両親の喧嘩です。
私の父はいわゆる昭和の亭主関白タイプ。
怒る怒鳴るが毎日のようにある激情家。
私は父親は怖くて恐ろしくて
話しかけるのすらイヤだった。
対する母は悪い表現で言えば
心配性で過保護で頑固で
やや空気を読めないタイプ
この2人が毎日のように喧嘩をしていた
ような気がします。
喧嘩をしているというか、
私の印象では父親がメチャクチャ
怒鳴っていて、怒っていて
母、姉、自分はなすすべがないという感じ。
今でこそ年齢を重ねて父も大人しくなってきたし、
自分も結婚して、子どもができたことで
おそらく当時の父も仕事のプレッシャーとか
家族を守らなければとか
稼がなければとか
いろいろなストレスがかかっていて
追い込まれていたんだと思う。
そしてそのストレスの捌け口が
お酒であったり、お母さんを怒鳴ること
だったのだろう。
それで、今日のセッションで印象深かったのが
当時の両親の喧嘩を思い出していると
私はただ、喧嘩が終わるのを待つ以外に
選択肢がないと
今も思っていることです。
40歳の私が仮に6歳、7歳あたりの
自分に戻ったとしても、
私はただ、布団に包まって
喧嘩が終わるのを待つしかない。
耐えるしかないと思っていた。
でも、もしも私がコミュニケーションの達人だったとしたら、
上手く父をなだめていたのかもしれない。
もしも私が一流のお笑い芸人のスキルを持っていたら
怒っている父を笑わせて、その場を解決できたかもしれない。
そんな可能性すら想像できていないことが
私にとっての今日気づきだった。
解決の可能性はあるかもしれないのに、
打つ手は0ではないかもしれないのに、
その可能性を見いだせなかった
それは苦難を耐えることが尊いことだと
自分は思っているからかもしれない。
つらい出来事だからこそ
それを耐え抜いたことに
満足感を覚えるタイプだからかもしれない。
でも、自分のことを尊いと思うこととか
満足感を感じるのに苦しい出来事はいらない。
それに気づけていなかった。
だから仕事のことを考えてみると
定期的に絶望のするような出来事が起きてしまう。
このパターンを変えようと今日は決意しました。
自分を楽しみながら、自分の可能性にワクワクしながら
満足感を感じる毎日をすごしていきたい。
そんな風に今日のセッションで感じました。