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胃がん×HER2×エンハーツ®(トラスツズマブ デルクステカン)

今日は少し『胃がん』についてお話しさせてください。
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▼胃がんについての一般的なお話から始めます
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『胃がん』は1990年代前半に『肺がん』に抜かれるまで、日本人男性のがん死亡率でダントツの一位でした。
かの徳川家康や武田信玄、伊達政宗らも胃がんで亡くなったのではないかといわれています。

『胃がん』の原因
・塩分の多い食事
・タバコ(喫煙)
・ピロリ菌(ヘリコバクターピロリ)
の3つが有名です。

・禁煙活動や塩分制限の重要性に関する啓蒙活動
・検診(主にバリウム検査が行われています)
・内視鏡検査(胃カメラ)の発達
 などのおかげで
早期発見、早期治療が昔に比べてなされるようになり
また、ピロリ菌の除菌療法の追撃もあり
女性では1970年代以降、胃がんによる死亡率は減少傾向
男性も緩やかな減少傾向になってきています。

『胃がん』全体でみると、5年生存率は67.5%であり
半分以上の方は胃がんになっても治っている状況と考えられますが
再発や転移を来した状態(いわゆるステージⅣ)の場合、5年生存率は10%未満とされています。

それらの結果として
現在(2019年の統計データ)でも、がん死亡数でみると
男性で2位、女性で4位
男女あわせて3位と、
まだまだ多くの方が『胃がん』で亡くなっている現状があります。
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▼HER2陽性タイプの胃がん
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このような現状にある『胃がん』ですが、腫瘍内科にいらっしゃる方の多くは、残念ながら再発や転移を起こしてしまったステージⅣの方々です。
その中の約20%の方で、「HER2」というタンパク質が増加していることが知られています。
この「HER2」は、胃がんより乳がんにおいて、先に有名になっていました(乳がんでも、全体の約20%と言われています)。
そして、そのHER2がたくさんある乳がん(HER2陽性乳がん)において、HER2の働きを抑える「ハーセプチン(トラスツズマブ)」というクスリを使用するととてもよく効くことがわかりました。
その後、HER2の働きを抑える効果のあるクスリが次々と開発されましたが、その多くがHER2陽性乳がんで有効であることが証明され、HER2を抑えることができなかった昔に比べて、現在ではかなり長期間、がんをコントロールすることが可能になってきています。

「胃がん」に話を戻します。
HER2陽性乳がんで大成功を遂げた「ハーセプチン(トラスツズマブ)」を、HER2陽性の胃がんに使用してみたら良いのではないか?と誰もが考えると思います。
そして実際に臨床試験を行ってみると、乳がんと同じようにとても有効であることがわかりました。
そりゃあそうだよね!って皆が思いました。

そして次に考えることは・・・そうですね
乳がんで効果があったハーセプチン以外のHER2を抑えるクスリも効果が期待できるだろうと考えますし、実際に臨床試験が行われます。
その結果には大変な期待が込められていましたし、誰もが「まあ、間違いないよね!」って考えていたのではないかと思います。
しかし、蓋を開けてみると、乳がんではよい効果を示していたのに、胃がんではことごとくどのクスリも効果がでません!
クスリの開発というのはホント難しいですね。
頭で考えた通りにはなかなかうまく行かないようです。

結論:乳がんと胃がんは違う!

HER2陽性胃がんに対して、ハーセプチンが日本で使用可能となったのは2011年だそうなので、
最近まで10年間、HER2陽性乳がんではどんどんクスリが増えていく状況をうらやましく感じながら、
HER2陽性胃がんにおいては、ハーセプチン(トラスツズマブ)1剤しか頼れなかった状況でした(もちろんHER2陰性の普通の胃がんに使用する抗がん剤は使えますので、あくまでHER2を抑えるクスリは1剤のみだったということですね)。

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▼いよいよHER2陽性胃がんにも新薬が!
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そしてついに昨年(2020年)、HER2陽性胃がんに対して有効性を示した抗HER2薬が登場しました(もちろんHER2陽性乳がんにも有効です)。
それが「エンハーツ®(トラスツズマブ デルクステカン)」です。
名前にもある通り、トラスツズマブにデルクステカンをくっつけたクスリです。
トラスツズマブはHER2を認識して、そこに選択的に結合する働きを持っています。
デルクステカンは、トポイソメラーゼというたんぱく質の働きを抑える効果をもっており、結果としてがん細胞が増殖することができなくなります。
つまり、トラスツズマブがHER2をたくさん持っている「がん細胞」を見つけて、そこに結合します。
トラスツズマブががん細胞にくっつくだけでもHER2の働きが抑えられ、細胞増殖が抑制されますが、さらにトラスツズマブに結合しているデルクステカンががん細胞のトポイソメラーゼの働きを抑えることで、2重にがん細胞の増殖を抑えます。
さらに、デルクステカンは、トラスツズマブが結合したがん細胞だけでなく、結合しなかった隣の細胞にも作用して効果を発揮します。
トラスツズマブが結合しない隣のがん細胞とは、HER2をほとんど作っていないがん細胞ということになりますが、
HER2陽性胃がんといっても、全てのがん細胞がHER2陽性というわけではありません。
全体の10%以上でHER2陽性であれば、HER2スコア3(強陽性)と判断されますので、90%のがん細胞はHER2陰性でもいいわけです。
乳がんで効果を示した抗HER2薬が、胃がんで効果が発揮されなかったのは、HER2陽性のがん細胞が少ないせいも大きかったと思われます。
今回登場した「エンハーツ®(トラスツズマブ デルクステカン)」は、HER2陽性のがん細胞を起点として、その周囲のHER2陰性のがん細胞にも効果を発揮するという点が、胃がんでも有効だった要因なんでしょうね?

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▼おわりに
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今回ご紹介したエンハーツは、胃がんの抗がん剤とはいえ、HER2陽性というしばりがあり、胃がんの中の約20%の症例にしか効果を発揮しませんが、
何はともあれ
新しい抗がん剤がでてくるのは、頼もしいかぎりです。

このような素晴らしい抗がん剤がどんどん増えてくることに期待しています。

今回は、胃がんについてのお話しでした。
最後までお読みくださりありがとうございました。

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