『ケモブレイン』について
『ケモブレイン』という言葉をご存じでしょうか?
『ケモ』は、ケモセラピー(Chemotherapy)=化学療法=抗がん剤治療
『ブレイン』は、脳(Brain)です。
つまり、化学療法(抗がん剤治療)による脳障害、脳への影響のことです。
サラリーマンとか、フリーターなどと同じ、外国人に通じない和製英語だと思ったら、Chemo Brainでちゃんと通じるようですね。
そのような(どのような?)『ケモブレイン』ですが、
抗がん剤治療中や治療後に
■ 頭にモヤがかかったような感じで、なんとなくすっきりしない
■ いつの間にかボーっとしていることが増え、集中力が低下したような気がする
■ いつもと同じことをしているはずなのに、いつもより時間がかかる
■ 目的をもって買い物に来たはずなのに、何を買いに来たか忘れてしまったり、目的のものを買わずに帰ってきてしまったりしてしまう
■ 急に話しかけられて、頭が真っ白になってしまい、返事がなかなか出てこなくて困った
などなど
集中力や記憶力、思考力が一時的に低下してしまうことがあり
そのような状態を『ケモブレイン』と呼んでいます。
また、頭にモヤがかかったような感じから、Chemo Fog(霧)という風に呼ばれることもあるようです。
_____________________________________________________
▼ケモブレインには謎が多い
_____________________________________________________
『ケモブレイン』には、まだまだ分かっていないことが多いようです。
どうして起こるのか?
いつ起こるのか?
いつ治るのか?
どのようにして対応・予防すればいいのか?
治療方法は?
このような質問にスパッと答えることが難しい状況です。
抗がん剤治療中だけ症状があり、治療が終了すれば改善する場合もあれば、治療が終了してもしばらくの間症状が持続してしまう方もいるようです。
そして、多くの方は、家族などの他の人に指摘されて気が付くというよりは、自分自身で仕事のスピードが遅くなったり、物事に集中できなくなったなどを自覚することで気が付くようです。
逆に言うと、本人にしかわからない程度の「差」なのかもしれませんが、「自分は役に立たなくなってしまった」とか「仕事に貢献できていない」などと考えて復職・社会復帰へのハードルが上がってしまう方もいるようです。また、「他人に迷惑をかけてしまうだろう」という気持ちからコミュニティーへの参加が減少してしまうなども認められるようです。
さらに集中力の低下から、「読書をしていても全く頭に入ってこない」「運転でヒヤッとする場面が増えた」などもあり、QoLの低下につながると指摘されています。
-------------------------------------------------------
▼僕的に一番の謎は・・・
-------------------------------------------------------
そして、僕的に一番の疑問は、
なぜ、『ケモブレイン』は、乳がんの患者さんに多いのか?です。
あるデータによると、乳がん患者の4分の3にものぼる方が、抗がん剤治療中に『ケモブレイン』に相当するような症状を多かれ少なかれ経験するといわれています。
一方、僕が担当することが多い胃がんや大腸がん、すい臓がんなどの消化器系のがんで化学療法を行っている人にはかなり少ないと思います。
臨床試験の有害事象(副作用)の項目でも、見かけたことがありません。
使用している抗がん剤が違うんじゃない?と思われるかもしれませんが、現在乳がんでしか使用しない抗がん剤はごくわずかで、同じ薬を他のがん種の方に使用しても『ケモブレイン』にはならないということです。
「じゃあ、どうして?」と聞かれても、はっきりとした答えはないようで、
僕が調べた限りでは、ケモブレインよりも優先度が高い症状が多いため、ケモブレインが目立たないのではというものでした。
確かに、「最近、ボーっとするんですよね~」って言われても、それ以外の副作用、例えば吐き気がするとか下痢がひどいとかがあったりすれば、「ボーっとする」は忘れ去られて、吐き気や下痢といった目立つ症状への対応が優先されてしまうことは十分ありそうですよね。
とはいえ、乳がんの抗がん剤治療で吐き気や下痢がないということはないわけで、なぜ乳がん患者さんに特別ケモブレインが多く起こるのか?の答えとしては弱いと言わざるを得ません。
謎ですね~
-------------------------------------------------------
▼『ケモブレイン』への対処方法
-------------------------------------------------------
『ケモブレイン』への有効なクスリは基本的にはありません。
海外ではリタリン(メチルフェニデート)という中枢神経興奮剤が使用されるようですが、日本では適応がありませんし、それで本当によくなるかはわかっていません。
クスリ以外の方法としては、
①行動への注意
②ストレス緩和、リラクゼーション
③認知行動療法、認知訓練
などが有効と考えられている。
①行動への注意としては、
■ 必要なことを書き出しておく
■ 一度にたくさんのことをせず、一度に一つのことのみ行う
■ 何かをする際には急がない、焦らない
■ 自分の失敗を許容する
などがおすすめされています。
-------------------------------------------------------
▼『ケモブレイン』への対処方法②
-------------------------------------------------------
最近、身体活動を行うことで『ケモブレイン』を予防できす可能性があることが示されました。
(Elizabeth A. Salerno et al. J Clin Oncol 2021 : 3283-3292.)
化学療法が予定されている乳がん患者の家事から激しいスポーツに至るまでの身体活動を記録してもらいつつ、化学療法開始前、終了直後、終了後6か月の3点で認知機能をチェックするというものでした。
その結果、化学療法開始前に活動的であった方ほど、化学療法終了後の認知機能検査が良好でした。
また、化学療法期間を通してガイドラインが推奨する身体活動量(中強度から高強度の身体活動を週150分)を維持できた方が、化学療法期間の認知機能が最も高かったが、身体活動量がガイドライン以下の方は、化学療法開始前よりも認知機能検査の結果が悪くなっていました。
つまり、なかなかに高いハードルではありますが、身体活動量を高く維持できれば、化学療法による認知機能低下を防ぐことができますが、身体活動が低下してしまうと認知機能も低下してしまうという結果でした。
以前にも紹介したかと思いますが、身体活動量を高くすることで、抗がん剤治療に伴う疲労・倦怠感が軽減したり、不安感などが低下することが知られておりますし、何にもまして再発率の低下、死亡リスクの低下なども認められていますので、身体活動量を高く維持する効果は絶大です!
-------------------------------------------------------
●まとめ
-------------------------------------------------------
まだまだ謎の多い『ケモブレイン』ですが、ようやくその予防方法が明らかになってきました。
それは、「活動的に過ごす!」ということでした。
『ケモブレイン』のために何か特別なことをする必要はなく、がんの再発を予防したり、化学療法の副作用を軽減したりするために従来から提唱されていたことを行っていれば、『ケモブレイン』も予防できるというものでした。
これから寒い季節となり、なかなか活動的になりにくいかもしれませんが、がんばって動くようにしていきましょう!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?