がんと『体重減少』
「がん」になると痩せるという話をよく耳にされるかと思います。
実際、「がん」と診断された時点で約半数の方に体重減少を認めるという報告があります。
「そりゃあ、がんになれば体重も減るさ!」って思われるかもしれませんが、体重が減ってしまうことでがん治療に影響を及ぼすような、かなり大きなデメリットがありますので、注意が必要です。
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●デメリットその1:合併症・死亡率の増加
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除脂肪体重が10%低下すると免疫力が減少し、感染症のリスクが増加するといわれています。
20%低下すると治療が遅れたり、衰弱したりが現れてきます。
30%低下すると寝たきりになってしまったり、褥瘡(床ずれ)や肺炎を起こす可能性が高くなり、死亡率は急激に高くなります。
40%低下してしまうと死に至るとされています。
(出典:DeSanti L. Adv Skin Wound Care (2000))
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●デメリットその2:生活の質(QoL)の低下
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がん患者さんの生活の質(QoL)に影響を与えるものがいくつかあります。
がんの部位、栄養摂取ができるかどうか、抗がん剤治療、手術、がんの進行度などはいずれも患者さんの生活の質を低下させる要因としてさもありなんというところかと思います。
ある論文(Ravasco P, et al. Support Care Cancer (2004))によると、これらのうちもっともQoLの低下に影響を及ぼすものは「がんの部位」で、30%とされています。
抗がん剤治療は10%、手術は6%、がんの進行度に至っては1%とされています。
そして、体重減少はどのくらいQoL低下に影響するかというと、「がんの部位」と同等の30%もあるとのことです。
つまり、QoLに影響を及ぼす第1位が、『がんの部位』と『体重減少』(同率首位)ということですね。
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●デメリットその3:術後補助化学療法継続率の低下
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手術を実施したステージ2もしくは3の胃がんの方は再発防止目的に術後補助化学療法という抗がん剤治療を受けることが標準的な治療方針です。TS-1(ティーエスワン)を1年間内服する場合の継続率を術後の体重減少ありなしで比較したところ、15%以上の体重減少した方の6ヶ月時点での継続率は40%でしたが、そうでなかった人は71.8%継続可能であったとのことです(出典:Aoyama T, et al. Ann Surg Oncol. 2013)。
本論文では再発率への影響までは言及されておりませんでしたが、6ヶ月時点で中止となってしまえば再発予防効果が限定されてしまう可能性は大いに考えられます。
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●デメリットその4:全生存期間が短縮
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進行胃がんもしくは進行大腸がんで抗がん剤治療を受けた方で、治療開始時点で体重減少があったかどうかでその後の経過がどうだったかを調べた研究があります(出典:Andreyev HJN, et al. Eur J Cancer 1998)。
その研究によると、体重減少がない人の方が全生存期間が統計学的に有意に長かったとのことです。
逆に言うと、体重減少があった方では、抗がん剤治療の効果が出にくく、生存期間が短くなる傾向があるとのことです。
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●おまけに
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『「がん」では死なない「がん患者」』(著者:東口高志、発行当時(2016年)・藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療科教授)という本をお読みになった方はいらっしゃいますでしょうか?
とても衝撃的なタイトルですので、読んではいなくてもAmazonや本屋さんなどで見かけたことがある方はいらっしゃるかもしれません。
副題は、「栄養障害が寿命を縮める」となっています。
また裏表紙にはこう書いてあります。
「がん患者の多くが感染症で亡くなっている。歩いて入院した人が、退院時に何故か歩けなくなっている。入院患者の3割は栄養不良__。(以下省略)」
つまり、「がん患者さん」の多くは、「がん」そのものでお亡くなりになるのではなく、結局は栄養障害が原因ですよということが述べられています。
「あれ?多くの方は感染症で亡くなるって書いてなかったっけ?」っていわれそうですが
本書では、がん患者さんの約8割が感染症が原因で亡くなると記載されており、感染症になる原因の多くが免疫機能の低下であり、その免疫機能の低下が栄養障害によって起こるため、栄養障害にならないようにしましょうねとしています。
東口先生が、余命1ヶ月程度と思われるがん患者108名を調査したところ、がんが進行した影響で栄養障害に陥ってる方(いわゆる不可逆性悪液質の状態)は17.6%だけであり、82.4%の方は適切な栄養管理を行うことで栄養障害から脱することができたとのことです。
そして栄養障害から脱することができれば、免疫力も回復し、感染症が原因で亡くなる方が少なくなりました。
ここで少し悪液質の話をさせてください。
以前、記事(がんと『悪液質』https://note.com/hisa_ohori_2020/n/nf0c50b539af7)にも書きましたが、
「がん」が進行して、食欲不振などのがんによる症状に加えて、大きな体重減少や筋肉量の減少が起こってきている状態を『悪液質』と呼びます。
定義としては、5%以上の体重減少か、2%以上の体重減少に筋肉量の減少(サルコペニア)を伴う状態が『悪液質』と定義されています。
ここからさらに悪液質が進行してしまうと、『不可逆(不応)性悪液質』となり、この状態になってしまうと点滴などでどれだけ栄養を体内にいれても、身体の方が受け付けず、栄養状態が回復することはないとされています。
がんが進行すればするほど体重減少は起こりやすくなり、最終的には約80%のがん患者さんで『悪液質』の定義を満たす体重減少が起こるとされています。
ここで難しいのは、体重や筋肉量の低下で『悪液質』とは診断ができても、『不可逆(不応)性』かどうかはわからないということです。
そこで先ほどの東口先生の研究なのですが、おそらく今までは余命1ヶ月程度と判断される進行がんの方の多くは不可逆性悪液質であろうと判断されていました。つまり栄養状態の改善は難しいだろうと考え、栄養補給をしっかりやろうという意識が乏しかったのですが、実際には栄養を補給すれば80%以上もの人が栄養状態が改善できる、つまり不可逆性悪液質ではなかったということになるのだと思います。
栄養状態が改善すれば、余命1ヶ月が延長するということではないかもしれませんが、感染症=痛い・苦しいの原因になりますから、それを回避できるだけで残りの時間がより安らかに過ごせる確率が上がってくれそうですね。
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●まとめ
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「体重減少」は栄養が不足していることを示す一番わかりやすい指標です。
今回体重が減ってしまうことで様々ながん治療への悪影響を見てきました。
身体的な問題だけではなく、気分が落ち込んで食べる気がしないなどの精神的な影響もあることでしょう。
しかし、無理してでも食べて、体重を減らさないようにした方が、その後のがん治療の成功率が高まることは様々なデータが証明していますので、
食べられるけど食欲がないから食べないというのではなく、食べられるなら頑張って食べるという選択を検討してもらいたいなぁ~って思いました。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もまたどうぞよろしくお願いいたします。