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『がん難民』

『がん難民』って、かなり衝撃的な言葉ですよね。
一度聞いたら忘れない類いのパワーワード(ネガティブな)だと思います。
とはいえ、その定義は結構あいまいです。

狭い意味では、
主治医から「もう治療法はありません。あとは地元の病院でみてもらってください。」と、一方的にがん治療の終了を告げられ、これからどうすれば良いのか途方に暮れてしまう状況のことになるかと思います。

より広い意味では、
自分にあった治療法を受けたいと考えているが、現在の担当医は相談に乗ってくれず(担当医の治療方針に納得ができないなど)、どうしたらよいか迷ってしまっている状況やこれまでに受けてきたがん治療に納得できず、もっと他に良い治療があったのではないか?もっと調べてから治療を受けるべきであったなど後悔を持ち続けている状況なども『がん難民』と呼ばれることがあります。

2006年に発表された「がん患者会調査報告」によると、
『がん難民』を、治療説明時もしくは治療方針決定時のいずれかの場面において、不満や不納得を感じたがん患者と定義して調査をした結果、がん患者さんの53%もの人が『がん難民』に該当したとのことです。
そして、『がん難民』化の危険性は、性別や年齢、がんのステージによらなかったとのことでした。

その後十数年経過して、がん治療もより複雑になってきていますし、インターネットなどには様々な情報が氾濫していますので、当時より今の方が治療選択に際してより迷いやすくなっているのではないかと考えますので、上の定義による『がん難民』の割合は増えてきている可能性が高いです。

実際、2018年に行われた「医師と患者のコミュニケーションに関する調査」(NTTコムリサーチ)
https://research.nttcoms.com/database/data/002097/
によると
・病気の情報を十分に提供されている
・治療方法の情報を十分に提供されている
・治療方法の選択肢の情報を十分に提供されている
のいずれの質問も「非常にそう思う」「かなりそう思う」と回答した患者さんは30%ほどで、70%の患者さんは情報提供不足を感じているとのことです。
また、同じ調査で、診察時間は充分かとの問いに、充分(非常に/かなりそう思う)と回答した方は25%であり、そこから情報提供不足の一因として、診察時間の不足があるのではと指摘されています。

では、充分な説明時間を設ければ『がん難民』はなくなるか?というと
問題はそう単純ではないと思います。

先に書いたように、がん治療はかなり複雑になってきています。
抗がん剤の種類も増えましたし、手術や放射線治療と組み合わせたりする集学的治療なども検討されるようになりました。
とはいえ、誰でも彼でも同じ治療で良いということではなく、がんの拡がりや患者さんの体調などでも適切な治療は異なってきます。
近年は、遺伝子検査の結果から抗がん剤治療が選択されるようにもなってきており、どこかの誰かが絶賛していた抗がん剤は自分には遺伝子のタイプ的に合わないなんてこともよくあります。
ここまで複雑になってくるとがん治療医の中で意見が分かれてもおかしくありません。
「セカンドオピニオンに行ったら全く違う治療法を勧められた。どっちを信用したら良いの?」なんて相談にいらっしゃる方も多いです。

この場合、どちらか一方が正解で、他方は間違いだと考えるから大いに迷うのであり、どちらも正解なんだけど、より自分にあう方はどちらかなと考えれば基本的に解決します。
どちらを選べば良いかの答えは、自分の中にあるのに、他人に決めてもらおうとするので、サード(第3)オピニオン、フォース(第4)オピニオンなどを求めたりして、時間と労力をかけたにもかかわらず、最終的には多数決になってしまったという方もいらっしゃいました。

『がん難民』が生まれやすいもう一つの場面が、抗がん剤治療の限界を迎えた時です。
抗がん剤治療の限界とは、
①有効性が期待できる抗がん剤を一通り使用したが、いずれも効果がなくなってしまった
②体力低下などの面で、これ以上抗がん剤治療に耐えられないだろう
のいずれかです。
患者さんとしては、「手術は難しいので、できるがん治療は抗がん剤治療だけです」のような説明をされていることも多く、
「抗がん剤治療だけ」が希望だったのに、その「抗がん剤治療までも」できないとなったらどうすればいいの?
もうおしまいだ・・・

このように考える方に、抗がん剤治療のデメリットを説明し、無理に行わない方がよいと説明するのは簡単なことではありません。
説明が難しいからといって、効果が期待できない抗がん剤を投与し続けたりしてしまうドクターがいることも確かです。
また、抗がん剤治療の選択肢がなくなるから『がん難民』が生まれるのだという論調でホームページに掲載し、当院にくればまだがん治療が続けられますよ、そういう方がたくさんいらしていますよとしているクリニックさんをお見かけします。患者さんもそのようなホームページをみて、『藁(わら)』にもすがる思いで、●●クリニックの■■療法を受けたいので紹介してほしいと申し出たりします。

抗がん剤治療の選択肢がたくさんあれば、『がん難民』はなくなるのでしょうか?
この答えは「YES」でもあり「No」でもあると考えます。
「YES」というのは、効果が期待できる抗がん剤が本当にたくさんあれば、一つの抗がん剤の効果が切れたら別なものを使用するということを何度でも繰り返せると言うことで、その様なことができれば「がん」は抗がん剤治療で制御できるということになり、「がん」で亡くなる方はいなくなります。その結果、『がん難民』はいなくなるはずです。

「No」というのは、現時点ではまだ抗がん剤治療はそのレベルではないため、どれだけ選択肢があっても、いつかは抗がん剤治療の限界が訪れてしまいます。
「担当医は限界と言うが、オレはまだまだがん治療を続けたい。おしまいになんてしたくない!」となれば『がん難民』になってしまうかもしれません。

僕が医者になったばかりの頃は、抗がん剤治療の効果はわずかでした。今と比べたらほとんどないといわれても仕方がないくらいだったと思います。抗がん剤治療への期待も薄く、特にご高齢の方は、そもそも抗がん剤治療を受けないという選択をされる方も多かったです。なので、抗がん剤治療の限界がきても、「ちょっと効いてくれただけラッキーだったよ」という感じで難民化する方はとても少なかったのではないかと記憶しています。
当時から20数年経ち、抗がん剤治療は格段の進歩を遂げました。その分、抗がん剤治療への期待度も上昇したのだと思います。
期待が強くなりすぎて、「抗がん剤治療ができなくなったらおしまい」という雰囲気にまで達してしまっているのが、『がん難民』が増えてしまっている一因と考えます。

そんなに「抗がん剤治療」に期待しないでくださいというのではなく、
皆さんの抗がん剤治療への期待に応えられるように、
日々精進していこうと思いましたというお話しでした。

今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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