主治医に『もう治療法はない』といわれたら?
インターネットでがんに関して検索した時や、がんに関する一般書籍(専門書ではない)を読んでいると、
「主治医に『もう治療法はない』といわれて、とてもショックを受けた!」というような記述を時々見かけます。
僕の周りの腫瘍内科医で『もう治療法はない』っていう人を見たことがないので、
本当にそんなこという人いるのかな?と思う反面、患者さんにそのように受け取られている可能性はありうるということに思い至りました。
腫瘍内科では、『進行がん』に対して抗がん剤治療を行うことがメインの仕事です。
『進行がん』すなわち手術で取り切ることが難しい状態まで進行した『がん』です。
がんの種類にもよりますが、基本的にはこのような状態のがんに対して『がん治療』を行う場合には抗がん剤を使用することになります。
抗がん剤治療は、一昔前から比べれば格段に効果が出るようになってきていますが、それでもある種のがんを除けば、抗がん剤治療でがんを治癒に導くことは難しいといわざるを得ないのが現状です。
なぜ抗がん剤でがんを治癒(治す)ことが難しいのか?というと
がんとして発見できるのは、概ね1cmくらいの塊になってからとされています。
1cmのがんの塊の中のがん細胞は1億個程度とされています。
進行がんはここからさらに数倍の大きさになりますので、10億個とか100億個とかになっています。
この10億個のがん細胞は、均質な集まりではなく、いろいろな性質を持ったものが集まったものになっています。
増殖が早いものや遅いもの、他に拡がりやすいものやとどまっていたいものなどなど
もちろん、抗がん剤が効きやすいものや効きにくいもの、もしかしたら最初から抗がん剤が効かない性質をもっているものもいるかもしれません。
バラバラな集団なのです。
このような集団に対して、抗がん剤治療を行うと、抗がん剤が効きやすいものはやっつけられていきますので、CT検査などをすると腫瘍が小さくなっています。
治療を続けていくとどんどん小さくなって行きますが、いずれそれ以上小さくならなくなる時が来ます。
このとき残っているがん細胞は、抗がん剤が効きにくい性質を持っていたものとなります。
たとえCTでは検出できないくらいの大きさ(0.1cmとか)にまで腫瘍が小さくなったとしても、100万個や1000万個のがん細胞が残っている可能性があるため、治療をやめてしまうとそれほど時間をおかずにまた大きくなってきてしまうことが多いです。
抗がん剤治療を継続していても、がん細胞自体が抗がん剤が効きにくい性質を持っているので、そのうちじわじわと増殖してきてしまいます。
そうこうしているうちに、一度小さくなった腫瘍が明らかに大きくなってきて、「そろそろ抗がん剤を変更しましょう」となります。
変更した抗がん剤が効果を発揮して、また腫瘍が小さくなることももちろんありますが、そもそも相手となるがん細胞は『抗がん剤が効きにくい性質』をもっているので、腫瘍が小さくなる確率は最初の抗がん剤の時よりも低くなります。また、効果の持続時間も短くなりがちです。
例えば、最初の抗がん剤は1年効いていたのに、二番目のは半年で効かなくなってしまったという状態ですね。
これは、二番目に使用した抗がん剤が最初のものに比べて弱いというよりは、『相手が強くなった』と捉える方が適切かと思います。
二番目の抗がん剤が効かなくなる頃には、相手のがん細胞は、がん剤が効きにくいという性質がより強いものが選別されて残ってくる状態になっています。
そのようにして、抗がん剤治療を変更する度に、相手のがん細胞は、より抗がん剤が効きにくいもの、より効きにくいものが残ってきてしまうわけです。
抗がん剤は、基本的にはもっとも効果が期待できるものから順番に使用していきますので、1番手よりは2番手、2番手よりは3番手の抗がん剤は弱いものになっていきます。
相手のがん細胞は抗がん剤治療をへるごとに強くなっていくのに、抗がん剤は段々弱くなってきてしまうという状況です。
こうなると、いつかは抗がん剤とがん細胞の力関係は逆転してしまい、抗がん剤を使用してもがんの進行を食い止めることができなくなる日が訪れてしまうことになります。
このような状況になった時、それ以上抗がん剤治療を続けるメリットがなくなり、副作用というデメリットのみになってしまうため、これ以上の『抗がん剤治療はありません』となり、それが「もう治療法はないと言われた」と受け取られてしまうのだと思います。
これまでのがん細胞と抗がん剤との関係から、抗がん剤がないというよりは、メリットがない、効果がないためお勧めできないという状況であることをご理解いただきたいなぁっと思います。
中には、効果がなくても、副作用(デメリット)もないから、抗がん剤治療を続けたいとおっしゃる方がおられます。
抗がん剤治療を行わないイコール『死』と連想してしまうのを避けたいお気持ちからの発言だと思っていますが
抗がん剤に効果がないということは、抗がん剤を続けても『死』を遅らせることはできないということです。
また、抗がん剤には時に命にかかわる重篤な副作用がでてしまうことがあり、そうなってしまえば命を短くすることにもなりかねません。
さらに、定期的な通院にかかる時間や副作用で本調子ではない時間なども、自由に使える自分の時間が減るという点では、抗がん剤治療の副作用と言えるのではないでしょうか?
現在の医療レベルでは
抗がん剤治療でがんを治癒に導くことは難しいといわざるを得ません。
いつかは、抗がん剤治療を終わりにする時が多くの方に訪れます。
その時に
「オレは抗がん剤治療をやりきってやったぜ!」
って気持ちになってもらいたいなぁ~って思って腫瘍内科医をしていますというお話しでした。