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がんと『ポジティヴヘルス』

現在、後期高齢者(75歳以上)の約8割が2疾患以上の慢性疾患にかかっており、約6割が3疾患以上の慢性疾患を抱えているといわれています。
一つだけ慢性疾患にかかっている人の割合は不明ですが、何らかの慢性疾患を抱えているひとの方が大多数であることは間違いない状況です。
「健康」イコール「病気でない」としてしまうと、後期高齢者の方のほとんどは健康ではないことになってしまいます。
以前にも書きましたが、
WHO(世界保健機関)は、1947年に『健康』を以下のように定義しています。
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」

後期高齢者でなくとも、このWHOが提唱する『健康』の条件を満たす人って、どのくらい日本にいるのでしょうかね?
高嶺の花?
絵に描いた餅?
机上の空論?

この理想的な「健康」を手に入れるため、あまり有効的ではない医療費の使い方がなされていると指摘する人もいます。
例えば、健康診断等で血圧が高い、コレステロール値が高い、肝機能の数値が高い等を指摘されたとします。
ある数値以上だと、健康診断の通知書に、「医療機関で二次検査を受けてください」と記載されてきます。
そして病院(クリニック)に行くと、運動指導や生活指導、食事指導などを受けるよう指示されますが、残念ながら多くの方は指導を受けてもそれまでの生活を改めることは少ないのではないかと思います。
もちろん全くやらない人は少ないにしても、継続できない、少しやって徐々に元に戻ってしまう方が多いのかなって考えています。
そして数ヶ月後に再検査してみると、ちっともよくなっていない、これはクスリを飲むしかないねと言われて投薬が開始されます。
この投薬って本当に必要なのでしょうか?
頑張って運動したり、食生活を改めたりすれば、クスリを飲まなくてもすむ人って実は結構いるよね。
症状もないのに、そもそもそんなに急いで治療する必要あるの?
理想を達成するために検査値を正常化させてるだけじゃないのっていうのがその方の主張です。

ここでの問題は医療費云々というより、
「健康」が他人任せ(医療任せ)になってしまっている
ことだと考えます(もちろん医療費も大切ですが)。

そこで、『ポジティヴヘルス』という考え方をご紹介させていただきます。
2011年、オランダの家庭医であったマフトルド・ヒューバー氏が、「健康」の新しい概念としてイギリス医師会雑誌(British Medical Journal ; BMJ)に発表したものです。
その新しい健康の概念とは、
社会的・身体的・感情的問題に直面した時に適応し、自ら管理する能力としての健康」というものです。
健康に関して何らかの問題が生じた時に、本人が指揮権を持ち、本人が主導して適応・管理していくことが『ポジティヴヘルス』だというのです。

何らかの病気・疾患にかかってしまったから、それ以降もう健康ではない、健康でなくなったというものではなく、
本人の意志や社会のサポートで、また健康な状態に戻ることができる。
病気があっても、人生を前向きに歩いて行ける、その力こそが健康であるとしています。

そしてその『ポジティヴヘルス』は、以下の6つの次元で構成されているといいます。
・身体的機能
・メンタルウエルビーイング
・生きがい
・生活の質
・社会参加
・日常機能

これらの各次元が、健康にとってどの程度重要であるか?を
患者、ヘルスケア提供者、政策策定者、保険者、公衆衛生関係者、市民、研究者に調査したところ
「患者」は、どの次元も重要だと回答した。
「身体的機能」に関しては、どの群も重要と回答したが、それ以外の次元に関しては重要度のばらつきが大きかった。
特に「いきがい」に関するばらつきが大きく、次いで「社会参加」であった。
「患者」のパターンに一番近い回答をしたのは「看護師」で、一番遠かったのは「医師」であったようだ(まあ、そうだよな・・・)
(引用:Huber M, et al. BMJ open 2016;5:e010091.)


実際の活用としては、
患者さんにこの6次元の項目それぞれに0-10までの点数をつけてもらう。
点数の合計点が高いほど健康と言うことではない。
点数を自分でつけることで、人生を振り返ったり、自分は何を大切に生きてきたのか・生きていきたいのか、その大切なものを得る(失わない)ために何をしていく必要があるのかなどを患者さん自身に発見してもらう。

重要なのは、自分で何をする必要があるのかを
自分で考え、自分で気がつく
ことだと思います。

途中で医療従事者が余計な口を挟んで、こうしたらいいなどの方向付けをしてしまうと、「やらされている」感じになってしまいますが、
自分主導で考え、自分主導で決定することで、「やらされ感」がなくなり、「自分で決めたのだから頑張ってやってみよう!」という具合になるのだと思います。

がん治療にも、この『ポジティヴヘルス』の考え方がとても重要だと考えています。
「がん」も近年、慢性疾患の仲間入りをしておりますが、とはいえ高血圧や糖尿病などとは一線を画す疾患だと思います。
高血圧や糖尿病は何とか自分でも対処できそうですが、「がん」となるともうお手上げ!
全て病院に、担当医にお任せします!ってなってしまうことも多いです。
つまり、自分の健康の主導権を医療に任せてしまう人が多いということです。
しかし、「がん」こそ社会的・身体的・感情的問題に直面することが不可避な疾患です。
しかも、それぞれの問題が順番に、ゆっくりと去来するわけではなく、「がん」の場合は、各問題が一度に降りかかってきてしまうことも多いです。
そして、そのような問題に直面した時に適応し、自ら管理する能力(これがポジティヴヘルスでしたね)があれば、「がん」という強力な疾患とも十分渡り合っていけるのではないかと思います。
逆に、全てを医療にお任せした場合、身体的な問題はある程度解決できるかもしれませんが、社会的な問題と感情的な問題の解決は医療にはハードルが高いです。
それでは片手落ちであり、「健康」に戻ることは難しそうです。

まずは、『ポジティヴヘルス』の6次元
身体的機能、メンタルウエルビーイング、生きがい、生活の質、社会参加、日常機能
各項目に点数をつけるところから始めてみませんか?

(ちなみに、この6次元を把握するための「クモの巣」と呼ばれるレーダーチャートは、ヒューバーさんが立ち上げたNPO法人IPHのホームページ:https://www.iph.nl/からダウンロード可能だそうです)

今回も最後までお読みいただきありがとうございます。
また次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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