森:そらいろの塔
そらいろの巨大な建造物には縦に伸びた細長い窓がほんのいくつかあるきりなようだ。ここからじゃ出入り口は見当たらない。思っていたより大きいので近づくまで時間はまだまだかかる。
はじめは湖かと思ったのだった。木々のむこうに平板なそらいろがちらちらと覗くようになって、あの方向へと進めば森は開け、ひろい湖に出るのだと確信したのだ。その光景に励まされ、そらいろを目指してすこやかに歩んでいた。それが、いずれ、木漏れ日のむこうにかまえるそらいろに、水の脈拍が通っていないとじわじわわかってくる。知るにつれて足取りはこわばる。しかしあとには戻れない。
実際、森を抜け、ひろびろとした空を久しぶりに見上げることはできた。薄暗い森の天井が割れ、ひらけた原に出る。岩盤のためなのか下草さえ貧しい、ひらけた原に出たのだ。少し先にそびえる建物は、塔と呼ぶには、幅は広いし、背は低い。でも、それでも塔のかたちをしていた。
側面にうがたれた細長い窓から覗く塔の内部はまったくの暗闇だが、時折、その窓のなかから、こちらにじっと注意を向けている獣の存在が潜む。近づくうちに、それが石造りの建物であるらしいとわかってきた。そらいろに塗られているのか、それとも、そらいろの石で作られているのか。
揺れて触れる草木のたてる、すらすらすれる音ばかり。かえって静寂が強調される。この巨大な建造物の内部での、獣の気配の巡回は明らかなのに、無人であるのもまた明らかだ。それにしては塔は不思議と手入れが行き届いている印象で、自然の力の侵食を免れている。生きた動物の肉を貫くためによく磨かれた、ずっしりと手に重い刃物の厳しい潔癖さに満ちていた。
ほどよく近づいて、あらためてその巨大さを仰いでから、外側をぐるりとまわる。風が髪をたたく。赤い蜻蛉が多くなる。この原でその昔、ひどい戦があった。そう思った。
建物は円形ではなかった。なるほど確かに、基本的には円形なのだが、ケーキのように一部分が欠けていて、断面を眺められる。ドールハウスのように、図鑑のように、一瞥でその建築物の構造が目に入る。
内部はほぼ空洞だった。中心に、地上から天井まで、一本の柱がある。それだけだった。湿った土の冷たさを吸いあげた空気が頬ずりをしてくるなか、おかまいなしに蜻蛉は群れ飛ぶ。薄闇にとらわれた一本の柱がただ、あり、その柱はこちらの足を立ち止まらせるに充分な資格をもつ。
眠ったように柱を仰いでいると、ちらちらと動くものが目について、我に返った。地上の暗がりを凝視する。それは、軽い歩調であらわれた。まっすぐこちらを見たまま闇から浮かんで、柱のそばで立ち止まり、変わらずこちらをまっすぐ見ていた。細く、しなやかな体つきで、目ばかりがやけに黒く潤んでいる。