【試し読み】『コトノハ町はきょうもヘンテコ』第1話「レンちゃん、道草をくう」
1 レンちゃん、道草をくう
とびきり春らしい天気のせいか、きょうはコトノハ町のあちこちに、道草をくっている人がいます。公園、空き地、田んぼのあぜ道。とくに町の真ん中を流れるコトノハ川のそばは人気のようで、子どもも大人も土手の草の上にすわりこみ、のんびりと道草を楽しんでいます。
ところが一人だけ、
「わたしは道草なんてくわないもん」
と、土手ぞいの道をすたすたと歩く女の子がいました。
名前はレンちゃん。お母さんが作ったあんころもちを、おじいちゃんにとどけにいくところ。
「きっと、おじいちゃんよろこぶなあ」
レンちゃんはフフッと笑うと、あんころもちがはいった重箱をしっかりもちなおし、歩くスピードをあげました。
と、そのときです。
土手のほうから風がふきぬけて、レンちゃんの鼻さきに、ふわっと草のにおいをはこんできました。レンちゃんは思わずたちどまって、土手のほうをながめます。
すると、そこで道草をくっている人たちは、ほんとうにのんびりしていて幸せそうで、レンちゃんは、きゅうにうらやましくなってきました。
「うーん」
レンちゃんは、小さくうなってなやみます。
おじいちゃんには、おやつの時間までにいくからね、とつたえてあります。はやめに家をでてきたので、まだよゆうがあります。
「うーん」
レンちゃんはもう一度うなると、
「わたしも……ちょっとだけ!」
スキップしながら土手におりていき、草の上にすわりこみました。
そうして、やわらかそうな草を一本ちぎると、ぽいっと口にほうりこみ、むしゃむしゃと道草をくいだしたのです。
ぽいっ、むしゃむしゃ。ぽいっ、むしゃむしゃ。
町の人たちにまざって、レンちゃんは道草をくいつづけます。みずみずしい草、あたたかな日ざし、きらめく川面、ふきぬけるすずしい風――ああ、なんてすてき! レンちゃんは、うっとりしてしまいます。
まわりの人たちも、もちろんおんなじ。レンちゃんの前のほうでは、作業着すがたの男の人が、口にくわえた草をくちゃくちゃさせながら昼寝中。どうやら食べてすぐ寝てしまったらしく、足のほうからみるみる牛になっていきます。
そして、そのとなりでは三人のおばさんたちが、おしゃべりに花をさかせている真っ最中。
「ここの土手は最高ねぇ」
「日あたりはいいし」
「草の味もばつぐんよぉ」
おばさんたちがしゃべるたびに、あたりにぽんぽんと花がさきます。色とりどりの花がさきます。
レンちゃんはそれをながめながら、きれいだなあ、とますますうっとりしていました。が、ふと、そばにおいていたあんころもちがはいった重箱を見て、
(あっ。そろそろ、おじいちゃんちにいかなくちゃ)
と、思いだします。
しかし、思いだしたはいいものの、うごく気になれません。草の上でじっとしているせいか、おしりがむずがゆくなってきても、
「うーん、もうちょっとだけ……」
レンちゃんは、また草をぽいっと口にほうりこむと、むしゃむしゃと道草をくいつづけたのです。
ぽいっ、むしゃむしゃ。ぽいっ、むしゃむしゃ。
ぽいっ、むしゃむしゃ。ぽいっ、むしゃむしゃ。
ぽいっ、むしゃむしゃ。ぽいっ、むしゃむしゃ。
それから、どれくらい時間がたったのか、土手をてらしていた太陽がかたむきだしたころ、
――うぅ……。
かすかなうめき声がしました。
レンちゃんは、ハッとしてあたりを見まわしました。すると、また、
――うぅ……くらい。
――うぅ……せまい。
その声は、重箱の中からきこえてきます。
気になったレンちゃんは、つつみをほどいて、そっとふたをあけてみました。と、そのとたん、
――明かりだぞ!
――空気だぞ!
――自由だぞ!
――よし、みんな!
――思いっきり!
――羽を伸ばすんだ!
重箱にならんでいた六つのあんころもちたちが、いっせいに、おう! とさけぶなり、羽を伸ばしてとびたっていったのです。
「まって!」
レンちゃんは、あわてておいかけようとしました。ところが、どういうわけか、根がはえたようにうごけません。
「あっ、もしかして」
とっさに、おしりをかくにんすると、思ったとおり、びっしりと根がはえています。
そっか、このせいでむずがゆかったんだ、なんて考えるひまもなく、レンちゃんは両足をふんばって、地面から根をひきぬこうとしました。けれど、いくら力をいれてもビクともしません。
そのあいだに、羽を伸ばしたあんころもちたちは、どんどん遠くへとんでいきます。
「まって! まって!」
すると、あせったレンちゃんのおしりに火がついて、根もとがチリチリと焼けていきました。
「あつっ」
さけんでとびあがったそのひょうしに、おしりの根がきれ、ようやく自由になりました。
しかし、自由になったはいいものの、いきおいあまってでんぐりがえり。昼寝をしていた作業着すがたの男の人にぶつかってしまいました。
「あいたた、なんだ?」
男の人は目を覚ましても、あいかわらず草をくちゃくちゃさせていました。が、自分がぜんしん牛になっていることに気がつくと、びっくりしたようにさけびました。
「しまった! 食べてすぐ寝るなんて!」
それから、前足につけたうで時計を見ると、さらにおどろいたようにさけびました。
「しまった! とっくに仕事の時間じゃないか!」
すると、その声がきこえたのか、おしゃべりに花をさかせていた三人のおばさんたちも、
「たいへん! ドラマの再放送がはじまるわ!」
「あらやだ! スーパーのタイムセールにおくれちゃう!」
「いけない! 歯医者の予約をしてたのに!」
花をまきちらしながら、あたふたしだし、さらに土手にいたほかの人たちも、
「デートにおくれる!」
「バスの時間だ!」
「塾にいかなきゃ!」
「ピアノのレッスン!」
「犬の散歩が!」
そんなわけで、道草をくっていた人たちは、みんな、あわててたちあがろうとしたのですが――
「なんてこった!」
「おしりから!」
そう、みんな、根がはえていてうごけません。
そんな中、一人だけうごけるようになっていたレンちゃんは、ひっしにあんころもちをさがしていました。
しかし、いくらさがしまわっても一つだって見つからず、そのうち、川のむこうの役場から、夕方の五時をつげるチャイムが流れてきました。
「もう、こんな時間!」
レンちゃんはからっぽの重箱をかかえて、おじいちゃんの家にむかってかけだしました。
おやつの時間はとっくにすぎているのに、おじいちゃんは縁側にすわってまっていました。
「おじいちゃん、ごめんね。わたし、道草くっちゃって……」
レンちゃんは、縁側の前でもじもじしながらいいました。
すると、おじいちゃんは、そんなのどうってことないように、笑いながらいいました。
「そりゃ、きょうみたいな天気なら、道草くってもしょうがないさ」
けれど、レンちゃんはやっぱりもじもじしてしまいます。
だって、どれほどまちわびていたのか、おじいちゃんの首は、ろくろっ首みたいに長く伸びていて、頭が天井につきそうになっていたのです。
レンちゃんは、おじいちゃんをそっと見あげました。
(どうしよう、こんなに首を長くしてまっててくれたのに……)
そうです。レンちゃんは、あんころもちをぜんぶにがしてしまいました。たまらずうつむいて、重箱を見つめていると、
「おや、どうした?」
おじいちゃんがさらに首を長くして、レンちゃんの顔をのぞきました。
レンちゃんは、もうだまっていられなくなりました。
「あのね、あんころもちが羽を伸ばしちゃって……」
思いきって、重箱のふたをあけたそのときです。
――ふうっ、つかれた、つかれた。
ふいに、頭の上で声がしました。
レンちゃんは思わず顔をあげ、それとどうじに、あっ! とさけびました。
なんと、夕日で赤くそまった空を、あんころもちたちが、ふらふらしながらとんでいます。
――おい、見てみろよ。
レンちゃんの声で、あんころもちたちも下のようすに気づきました。
――おっと、あれは、
――せまい箱。
――あたしたちがとびだしてきた、
――暗い箱。
――でもさ、
――もう夕方だし。
――羽を伸ばしすぎて、
――つかれたし。
――それじゃあ、そろそろ、
――帰るとするか。
あんころもちたちは声をそろえて、おう! とさけぶと、いっせいに地上めがけてとんできました。そして、レンちゃんが目をパチクリさせているあいだに、つぎつぎと重箱におさまっていったのです。重箱に着地したのとどうじに羽はきえて、もう、あんころもちたちはうごきません。
あっというまのできごとに、レンちゃんはしばらくぽかんとしていましたが、ハッと気がつくなり、
「ねえ、見て!」
おじいちゃんのほうをむきました。
すると、おじいちゃんはニヤリと笑っていいました。
「よし、首を長くするのはおわりだな」
そして、首をしゅるしゅるともとにもどして、こういったのです。
「じゃあ、レンちゃん、いっしょに食べるか」
「うん、食べる!」
レンちゃんとおじいちゃんは縁側にすわって、あんころもちを食べだしました。
「いやあ、うまい、うまい」
おじいちゃんは、たちまち一つ目をたいらげて、もう二つ目をほおばっています。レンちゃんもまけずに、
「うん、おいしいね!」
と、もう一つ食べようとしたのですが、重箱の中を見て、あれ? と手をとめました。
あんころもちの数がおかしいのです。たしか、お母さんは、ぜんぶで六ついれてくれたはず。レンちゃんが一つ食べて、おじいちゃんが二つ目を食べているから、あと三つのこっているはずなのに、重箱の中にはあと二つだけ……。
「うーん、あとの一つは、どこにいったんだろ?」
帰り道、レンちゃんは、コトノハ川の土手ぞいを歩きながら考えました。
「ひょっとして、からすに食べられちゃったのかな?」
土手には、もう町の人たちのすがたはなく、あちこちに根のぬけたあとがのこっているだけでした。
「それとも……」
と、風もないのに、草むらが一か所、ザワザワとゆれているのが見えました。
気になったレンちゃんは、土手におりて、その場所をのぞいてみました。
「あっ……!」
レンちゃんは小さくさけんで、目を見ひらきました。それから、声をひそめてフフッと笑いました。
なぜって、そこでは羽を伸ばしたあんころもちが、むしゃむしゃと道草をくっていたからです。
(おしまい)
※続きは書籍でお楽しみいただけましたら幸いです。
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