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【観光・産業】鳳明館森川別館のノスタルジーと総支配人の想いがステキすぎた!! これからの観光を考えるきっかけに

夜でもヒルタです。私は、「しあわせな+1時間を 岡崎市」をキーメッセージに、岡崎市を「子育て・福祉・産業・まちづくり」において「日本全国のモデルになるまち」目指して活動しています。

家族との時間・学び直し・まちづくり活動・趣味や休息等……つまり、自分自身が本当にやりたいことができる時間が、「しあわせ」につながると信じています。20年、30年先の岡崎市の未来をともにつくる。

私、ひるた浩一郎は、鳳明館森川別館に伺う機会がありました。東京大学のすぐ近くにある旅館です。

総支配人の想いがステキすぎる!! しかも、なんと、岡崎市とも縁がある場所なんです……!

ぜひ、鳳明館森川別館にて、総支配人のお話を聴いていただきたい! まちづくりのヒントをはじめ、様々な気付きや学びがきっとあります。


◯ 旅館 鳳明館とは

旅館 鳳明館(ほうめいかん)は、東京大学のすぐ近くにある旅館で、昔は修学旅行生を大勢受け入れるなど、様々な歴史を有する旅館です。

廃業の危機をなんとか歴史をつないでいった物語がニュースにもなっています。

東京のど真ん中、夏目漱石、森鴎外らをはじめとする文豪が愛した本郷に佇む純日本旅館 鳳明館。

築120年を超える登録有形文化財の本館を含む3館とも、創業当時の姿を色濃く伝えています。

意匠を凝らした設え、古き良き昭和がタイムカプセルのように保存されたこの建物で、本物のレトロ感を味わいながら寛ぎのひと時をお楽しみ下さい。

現在、大規模改修によりデイユースのみ提供しております。
台町別館は、設備改修工事のため一時的に閉館しております。
再開日は分かり次第お知らせいたします。

旅館鳳明館ウェブサイト

現在、「鳳明館森川別館」は、宿泊貸出はしていませんが、デイユースはされています。(詳細は旅館鳳明館の公式ウェブサイトをご確認ください)

宿泊ができた時のブログ記事もご参考に。いつか、泊まりが再開したら泊まりで行きたいです。

それくらい鳳明館森川別館がとてもステキでした。総支配人に鳳明館を特別にご案内いただき、様々な想いや歴史を教えていただきました。

なによりも、総支配人がめちゃくちゃ魅力的で鳳明館に対する「好き!!」が強く伝わってきて、最高でした。

〜館内の案内について〜
※ご案内について
・ご案内は個人客全てのデイユースの方にできるサービスではなく、ご参加された研修会が貸し切りのご利用の場合、もしくは、個人のお客様でもご興味があり、総支配人がお帳場を離れることができる場合のみできる範囲です。
※いつもご案内できるわけではなく、ひのでの間など他のお客様が入っているとご案内できないので、同じ料金プランで不公平が生じることはしないようにされています。
※グループ、団体、イベントを開催される場合等は、有料オプションとして案内付き館内見学を提供されています
※詳細は旅館鳳明館にお問い合わせください

◯ 江戸のふるさと、岡崎市 とのご縁

こちらの画像に写っている武将、どなたかわかりますか。

そう、徳川家康公を支えた三河武士・徳川四天王の本多忠勝公です!

四代本多政勝が寛文十年(1670)に本郷に江戸屋敷(後の下屋敷)を黒田官解由より買収したのは、現在の本郷六-一六(旧 持川町一番地)を中心とした本郷五丁目・六丁目。広さは二万三千二百余坪、買入代金四千五百両。明治以降 昭和まで、江戸屋敷は本多家森川別邸がありました。
 森川別館 木造部分の敷地は本多家より購入

さすが、江戸のふるさと、岡崎市。

本多家の領地だったわけです! なんというご縁。
東京は三河武士の土地が多いんですよ。例えば、私は青山学院大学の卒業ですが、地域の名前にもなっている「青山」は岡崎市出身の武士の名前が「青山」だったから、土地の名前になってもいます。

青山の地名は、天正18年(1590)に土地を与えられた、徳川家重臣の青山忠成から続く「青山家」(後の丹波篠山藩、美濃郡上藩)の名が起源とされています。

江戸時代に青山家の敷地の一部が町となり、青山浅河町など、“青山”を冠する町名がつけられましたが、それ以前の記録はなく、周辺の集落の名にも“青山”は確認できません。本格的に広域地名として認識されはじめたのは、明治以降であるとされています。

港区公式ウェブサイト

◯ ドラマ等のロケ地としても利用

直近のドラマだと『不適切にもほどがある』のロケ地としても活用されたそうです。その部屋に入らせていただきました!

色んな角度から撮影させていただきました!!

電話もとてもクラシック。

このような撮影で使われるように「東京ロケーションボックス」に登録されています。

◯ 遊び心がある装飾の数々

建物自体は100年近い歴史があり、ちょっとしたところに装飾の遊びココロがあります。ディズニーランドの隠れミッキーみたいな感じに近いかもしれません。

例えば、、、こちら、カッパの装飾。
左側のちょっと色っぽいカッパと笹を持っているカッパが描かれています。

黄桜のカッパ(左側)と芥川龍之介の河童図をかけ合わせている装飾で、マンガと文学がかけ合わさっているんです。

玄関のすぐには鍾馗様が飾られています。

鍾 馗(しょうき)は、主に中国の民間伝承に伝わる道教系の神。日本では、疱瘡除けや学業成就に効があるとされ、端午の節句に絵や人形を奉納したりする。また、鍾馗の図像は魔よけの効験があるとされ、旗、屏風、掛け軸として飾ったり、屋根の上に鍾馗の像を載せたりする。

Wikipedia:鍾馗

レセプト機の二式単座戦闘機の愛称が「鍾馗」なんですが、名前の由来はこちらの神様が由来になっています。

◯ 外観も昔の面影をそのままに

昼と夜、それぞれの写真ですが夜の方が「旅館」といった雰囲気があるように感じます。

夜のライティングもステキでした。

◯ 旧き良き時代を感じられる展示

電話は現在、オルゴールになっており『ふるさと』が流れる仕様でした。昭和を感じるポスターもグッとくるものがあります。

シャンプーのポスターのキャッチコピーも今考えると衝撃的です。

御洗髪は一週一度!

昔は髪を結ったら、そのままだったためシャンプーも週イチだったんですね。週イチでも多いくらい。せめて週イチはしよう!っていうキャッチコピー……かゆくならないのかしら。

玄関に敷き詰められている石は、よくみると「花」を描いている箇所もあります。ついつい見逃してしまいそうなところに、遊びココロがある。

◯ 歴史がつまった旅館

写真だと伝わりきらないのが本当に悔しい。ぜひ、一度、デイユースで利用していただきたいです。全身で感じる雰囲気そのものが、やっぱり歴史ある建物の良さであり魅力だと感じます。

配膳時の、伝声管も未だに利用できるそうです。すごい、伝声管ってはじめてみたかもしれない…。

総支配人のご好意でお風呂場も見せていただきました。自慢の壁画を見せていただきました。

◯ 写真じゃ伝わらない、3Dで!

なんと鳳明館森川別館が3Dで撮影されており、体験することができます!
なかなか行くことが難しいんだよね、っていう方もこれで疑似体験してみてください。

ちょっとした遊びココロの解説も書かれており、私もこの3Dでそうなんだーーーって知ることがたくさんありました。奥が深いぜ、鳳明館!

◯ すぐ隣は東京大学

東京大学のキャンパスがすぐ隣りにあります。

残念ながら私は東京大学に御縁がなかったので、このあたりを散策したことはなかったんですが、雰囲気がとても良かった。古本屋さんや美味しそうな個人料理屋さんもたくさんあり、ちょっとした路地が入り組んでいて歩いていて楽しい町並み。

◯ 「鳳明館の歴史は建物ではなくて、人」

総支配人が案内してくださったなかで、一番印象に残っているセリフです。

鳳明館の歴史は建物ではなくて、人

たしかに建物もステキ、遊びココロの装飾もステキ、ずっと維持してきた昔ながらの造り方やいまはもうできないものもたくさんある。しかし、それ以上にそれを守ってきた人、修学旅行等で泊まって思い出をつくっていってくれた人、これを伝えてきてくれた人が鳳明館の歴史そのものだと語られていました。

この言葉が何よりもグッと私の心に響きました。実際に口だけではなく、様々な苦労を乗り越えて、行動しているからこそ言える重みのある言葉でした。

 創業者の想い、職人さんの技、心意気、創業をサポートしてくれた同郷があってこその鳳明館、本郷下宿街・旅館街というバックグランドがあってこその鳳明館であり、建築です。

 鳳明館の創業者をふくめ 下宿街、旅館街の創業者の半数以上は西美濃輪中地帯と言われるところの出身であり、この方々の共助がなければ鳳明館が生まれることもありませんでした。
 さらに東京最大の下宿街の形成、文の京といわれるように文豪達が愛したという文化的資源の礎になったと私は考えております。「洪水」という困難はそれを乗り越えるための共助の必要性を生み出し、上京、創業、経営していく上での助け合いにつながったのだと思います。

◯ まちの歴史も魅力も、結局は、人

私は、まちも総支配人が言われたように「歴史は建物じゃなくて人」と同じだと感じています。まちの歴史や魅力は様々あります。

これまでの観光は場所に行く観光でした。例えば、岡崎市であれば徳川家康公に縁がある岡崎城や大樹寺といったところに行くことが観光でした。

こうした観光スタイルを否定するつもりは全くありません。

しかし、場所だけではなく、そこで生活する人達も重要な観光資源であり、その人たちが魅力的かどうかも重要な観光要素なんです!

私も、大好きなまちは岡崎市の他にもたくさんあります。それは場所な魅力や観光地域といったことではなく、「魅力的な人」がいるからです。

私が大好きなまちのひとつが松野町(愛媛県)です。

ここで生活する方がとても魅力的であり、グッとくる方々ばかりでした。人口が約3500人にもかかわらず、そう思わせてくれる魅力が松野町にはあります。

◯ 「これからの観光」で観光産業都市へ!

場所に行くのではなく、人に会いに行く観光。
非日常ではなく、異日常を感じる観光。

これが今後の観光のひとつになっていきます。これは日本人観光客向けだけではなく、外国人観光客にとっても重要な視点でもあります。

以前、noteに書いたものをご参考ください。「異日常」を感じられることが、価値で魅力を高めることになる。「いつもの当たり前」が、ソトの人にとってはお金を出してまで感じたい体験になるんです。


どんな言葉を使うか、どんな伝え方をするかも、大事です。それでも、今回、鳳明館の総支配人のお話を聴かせてそれ以上に「好き!!」と伝わる表情や雰囲気がなによりも重要だと感じました。

これが、岡崎市民一人ひとりが岡崎市のまちや自分の地域に対して持てれば、どんな言葉を使おうが、カタカナ語ばかりだろうが、若者言葉だろうが「好き!!」は市外の人にも、海外の方にも絶対に伝わるものだと感じました。

そのためにも、市民一人ひとりがまちと関わりを持っていく機会や場をつくっていくことが重要です。

私は、この生駒市(奈良県) 市長 小紫雅史さんの考えに強く共感しています。

「もちろん、市でなければできないことは市が全力でやります。ただ、市民のみなさんにはまちづくりに対して受け身になってほしくない。自分たちで、自分たちの住む地域の未来をつくる。その楽しさを知ってほしい」

「自分で住む街のことですからね。自分たちで企画したり、プロデュースしたりすると愛着が湧きますし、住み続けたくなりますよね。市役所は御用聞きではなく、応援し、併走していく存在でありたい」

まさに生駒市が取り組んでいる価値創造モデルを基にした考えが必要であり、これは生駒市独特のものではなくどのまちにも応用できると考えています。


こうした取り組みを実現させるためのキーワードは「共創」です。

自治体だけ、民間企業だけ、市民団体だけ、市民だけではなく、それぞれの強みや特性を活かして、連携・共創があたりまえにできる仕組みや未来をつくっていく必要がこれからの岡崎市、まちづくりには求められています。


さぁ、共創だ!



◯ 【岡崎市政への挑戦】ひるた浩一郎が岡崎市の新しい若きリーダーへ、意向表明の記者会見を実施(2023年10月6日)

岡崎市の新しい若きリーダーとして、岡崎市政へ挑戦します。

岡崎市長選に35歳元市職員、昼田さん出馬へ デジタル化に意欲‐中日新聞
https://www.chunichi.co.jp/article/774644

過去か、未来か、どちらをあなたは選びますか。

市長が変われば、市役所が変わる。
市役所が変われば、まちが変わる。
まちが変われば、未来が変わる。

岡崎市の未来をともにつくっていきましょう!

記者会見の動画や想いをまとめています。ぜひ、ご覧いただき、あなたの声を聴かせてください。

サポートありがとうございます! プレッシャーいただけたと感じてがんばっていきます!!