炭素の双子
「ダイヤモンドと炭は同じと言ったな」
「そうさ」
「黒くて脆くて汚い炭と透明で頑丈で輝いているダイヤモンドがどうして同じだと言い切れる?」
「そうやって見た目だけで比べていては分からないよ。もっと本質を見なくちゃ」
「本質?」
「そう。ダイヤモンドも炭も同じものでできている。同じものが、けれどまったく違う形で組み合わさることで見た目も性質も違うものになるんだ」
「分からないな」
「そう言うと思った。そうだな、じゃあここに1ダースのえんぴつがあるだろう?これを僕と君で6本ずつに分ける。ここまではまったく同じものだ」
「もちろん」
「それじゃあ君、その6本のえんぴつを組み立てて何かを作ってみてよ」
「どうして」
「そうすれば炭とダイヤモンドの違いが分かるよ。あぁ、僕も作るけど見ないでね。それと念のため言っておくけど、折ったり割ったりしちゃダメだよ。その大きさのままで何かを作って」
「あぁ」
「…」
「…」
「…」
「ほら、できたぞ」
「えっと、これは何だろう」
「見れば分かるだろ。犬だよ」
「そうか、なるほど。非常に斬新なえんぴつの使い方。僕は君のそういうところ、とても好きだよ」
「そんなことは別にいいんだよ。で、これがどうした」
「僕は家を作ったんだ」
「あぁ」
「どうだい?同じ6本のえんぴつが、組み方を変えるだけで犬にも家にもなる」
「あぁ」
「つまりそういうことだよ」
「だからどういうことだよ」
「つまりね、この6本のえんぴつのように炭とダイヤモンドも元は同じものなんだ。それが異なる組み方でできあがるから、まったく違うものになるわけ」
「誰が組み立ててるんだよ」
「え?」
「だから炭とダイヤモンドの元は誰が組み立ててるんだって」
「そこなの?」
「だってお前、このえんぴつが犬と家になったのは組み立てたやつが違うからだ。俺とお前は同じじゃない。同じじゃないから違うものを組み立てた。だったら、炭に組み立てるやつとダイヤモンドに組み立てるやつがいるってことだろう」
「君は、ときどき予想のつかないことを言う」
「何がおかしい」
「おかしいのではなくて驚いているんだ。なるほどそういう見方があるのかと」
「…バカにしてるのか?」
「まさか!感心しているんだ。僕は君のそういうところも含めて気に入っている」
「気に入ってもらうのは結構だが、答えはどうなんだ」
「うん、そうだな。君の言うそれはもはや科学の域ではないかな。どちらかというと宗教や、あるいは哲学に近い」
「間違っていると?」
「科学的に言えば、ね。間違っているというか、論点はそこではないというか。でも別の角度から見ればそれは実に興味深い考察だ。僕は君に謝らないと」
「どうして」
「僕は君に『本質を見ろ』と最初に言ったけれども、知識ばっかりの僕より君の方がよっぽど物事の本質を見ているのかもしれない。真理とでも言うのかな」
「…バカにしてるのか?」
「そうやってすぐ自分を卑下するのは君の悪い癖だよ。誇っていい。君はとても魅力的な人だ」
「お前に言われてもうれしくないな」
「まぁま、そう冷たいこと言わずに。ところで、どうして突然、炭とダイヤモンドの話に?」
「俺たちがまるで炭とダイヤモンドのようだと、言われたから」
「珍しい。君が他人から言われたことを気にするなんて。どうしてそんな戯言を?」
「俺たちは確かに違う人間だ。だけど、炭とダイヤモンドほど違うと、そう言われるほどか?見た目はまったく同じだし、いつも一緒にいたのに」
「十把一絡げにしてしまうのではなく、個を個として捉えて向き合う君の性質には尊敬すら感じていたんだ。けれど、そうか」
「何だよ。悪かったな、お前の思ってるような人間でなくて」
「いや、僕はうれしいんだ。君の本質は変わらない。君は、僕たちが違う人間だときちんと認識している。そのうえで、僕が君と少なからず同じだと、同じでいいと思ってくれていることがうれしいんだ。…そうだね、僕たちは確かに炭とダイヤモンドだ。得意なことも求められることも違う。僕は君にはなれないし、君は僕になれない。だけど、僕たちは同じものでできている。僕の半身。僕の弟。君が君として生まれてくれて僕はとても幸せだよ」