タバコとコーヒー

「いつもここにいますね」

「え?」

「あなた、いつもこの席にいる」

「あなたは…?」

「いつもあの席にいる者です」

「何か?」
「いや突然すみません。気になっていたんですよ。僕もかなりこの店には来ているんですけど、いつもいらっしゃるから。毎日来てますよね」

「さぁ」

「しかもいつも同じことをしている」

「…」

「ルーティンですか?それとも願掛け?」

「…」

「お隣失礼してもいいですか?」
「ご自分の席に戻られては?」

「無理ですね、もうとられちゃいました」

「…」

「コーヒーもまだ届いてないので。相席、いいですか?」

「…失礼します」

「待ってください待ってください!すみません!ほら、いつもの、まだでしょ?コーヒーだってまだ来てない」

「ルーティンでも願掛けでもありませんから結構です」

「僕にコーヒーを2杯飲めと?」

「お好きにしたらいいじゃないですか」

「失礼なことを言ったのはお詫びします。ですから座ってください。ほら、皆さん見てる」

「…別に怒ったんじゃありません」

「すみません。席は…このままでいいですかね?」

「…お好きにどうぞ」

「ルーティンでも願掛けでもないとおっしゃっていましたけど…」

「お好きにどうぞとは言いましたけど、お話をしましょうとは言ってませんよね」

「それもそうですね。じゃあ、お話しましょう」

「結構です」

「どうして」

「それを聞きます?」

「はい」

「話すことがないからですよ」

「僕にはあります」

「…」

「あ、待って待って。行かないで。ほらコーヒーが来ました。冷めないうちに」

「…」

「…」

「…」

「いつもの、やらないんですか?」

「やりませんよ」

「どうして?」

「…」

「タバコ、吸いませんよね。吸ったこともない」

「だからなんです?」

「だけどいつもタバコに火をつける。火をつけて、灰皿に置いて、それだけ」

「…」

「どうしてですか?」

「別にいいでしょう?」

「直接吸う主流煙よりも副流煙の方が体に悪いっていいますよ。そもそもタバコを吸うこと自体が緩やかな自殺だって言う人もいますけど。あなたの場合、ちょっと早めの自殺って感じですか?」

「あなたには関係ないですよね」

「僕が代わりに吸いましょうか」

「は?」

「ラッキーストライク、昔は吸っていたんですよ。今は副流煙吸えるところをうろつきながら、ちょっと禁煙してるんですけどね。あなたと同じちょっと早足のそれですよ」

「…」

「知ってます?ただ火をつけたタバコと人が吸ったタバコ、においが違うんですって」

「…」

「思い出せるように吸って差し上げましょうか」

「…結構です。どうせもう覚えていないので」

「そうですか。まぁ僕が吸ったところでにおいは違うと思うんですけど」

「…」

「恋人ですか?」

「あなた、どこかで会ったことありましたか?」

「いいえ?あ、ナンパですか?」

「…」

「あぁ!怒らないでください。よく言われるんです、ひと言多いって」

「今度からそこにもうひとつ加えてください」

「え?」

「人の話を聞かないって」

「聞かないのに言うことは多いって、なんかおかしいですね」

「自分で言いますか?」

「すみません。ひと言多いもので」

「…」

「あと人の話も聞かないもので」

「…帰ります」

「え、そんな!コーヒー来たばっかじゃないですか」

「今日はもとから時間潰しで来たんです。タバコも持ってないですよ」

「何かご用事が?」

「えぇ、まぁ。それでは」

「…あの!…また、ここに来てくれますか?」

「どうしてですか?」

「いや、また…お話できたらなと…」

「…家ではタバコを出さないので」

「?」

「コーヒーとタバコをそろえられるの、この店だけなんです」