さようなら

「さよならは言わないでって、そういう約束じゃなかった?」
「そうだっけ。忘れちゃったよ」
「それだけは忘れるなって言ったわよね」
「もう5年も前のことでしょ?忘れちゃうよ」
「付き合うときの条件だった」
「終わり方を条件にするって残酷だよね。僕は結婚してもいいかなって思っていたのに」
「してもいいって何よ。なんで上から目線なのよ」
「そうやって人の揚げ足ばっかり取っていると、いつか自分が足元をすくわれるよ」
「荷物、全部持っていきなさいよ」
「置いてったら処分してくれないの?」
「送ってあげるわよ着払いで」
「住所聞く気あるんだ?」
「それが嫌だから全部持ってけって言ってるの」
「僕も嫌われたもんだね」
「分かってるなら早くして」
「そう見張らなくても、もう何もしないって」
「私からの信用がまだあると思ってるの?」
「ないだろうね。んー…、どこで間違えたかなぁ」
「あんたは生まれたときから。私はあんたの告白を受けたときから」
「最初かぁ。じゃあ僕たちの5年間は何だったのかな」
「人生勉強」
「この歳での人生勉強ってずいぶん高くついたね。…痛っ!」
「…はっ倒すわよ」
「もう蹴ってるじゃん」
「…」
「…ねぇ、最後にひとつ聞きたいんだけど」
「くだらない質問なら答えないわよ」
「どうしてさよならって言っちゃダメなの?」
「…」
「普通に別れるならまぁ分からなくもないけど、僕みたいなのでも嫌なの?さよならは」
「…」
「…」
「…」
「…やっぱり答えてくれないか」
「…」
「…じゃあ、もう行くよ」
「荷物、全然持ってないじゃない」
「元からそんなに置いてなかったんだよ。君は律儀に開けなかったから知らないだろうけど、用意してくれたケースには最初からずっと、ほとんど何も入ってない」
「…ほんとあんたって性格悪い」
「君は本当に良い子だよね」
「だったら早く出ていきなさいよ」
「最後に少し話したかったんだよ」
「…ん」
「ん?何?握手?」
「違うわよ。合鍵」
「なぁんだ。はい」
「…」
「じゃあ5年間ありがとうございました。君と一緒にいて僕は楽しかったよ。もう二度と会うことはないだろうけど、君が幸せになることを願ってる」
「…」
「…さようなら」
「だから…!」
「さようなら。寂しがり屋の良い子ちゃん」