人魚の瞳
「彼女が?」
「…あぁ」
「へぇ………案外人間っぽく見えるもんすね」
「初めてか?」
「どこも欠けずに全部そろって、なおかつ生きてるのは」
「生きてるといっても、ずっと眠っている」
「そっすか。で、本当にいいんすよね?」
「…申し訳ないと思ってる」
「俺の心配してるんじゃないっす。先輩のこと」
「それは大丈夫だ。ここの管理は一任されてる」
「まぁじで放ったらかしなんすね。誰も来ないんすか?」
「たまには来るさ」
「どうせここまで入ってこないでしょう腰抜けどもは」
「お前なぁ」
「すんません。思ったこと全部言っちゃうんで」
「知ってるよ」
「だから無理だと思ってたんすよね。人魚なんて手に負えるわけないんすよ。先輩も辞めちゃえばいいのに」
「そういうわけにもいかないだろう。仕事だ」
「相変わらずっすね。尊敬します」
「本当に思ってるか?」
「本当っすよ。じゃなきゃ頼まれたって来ません」
「まぁ、偉そうな口を叩いても結局はお前に頼ってるんだが」
「お互い様でしょう?こういうのは向き不向きなんだから、後輩だろうがなんだろうが使えるものは使っときゃいいんす。じゃ」
「もう行くのか?」
「だって時間の無駄でしょ?どうせ行くんだったらこんなとこでいつまでも喋る必要なくないっすか?」
「…相変わらずだよ、お前は」
「久しぶりに会えたのがうれしいのはほんとっすから、これが終わったら飯でも食いに行きましょ。ここに張り付きの先輩じゃ一生見られない世界中の話、聞かせてあげますよ」
「…楽しみにしてるよ」
「あ、そうだ」
「どうした?」
「何もないっすよね、人魚と」
「何もって?」
「とぼけないでくださいよ。習ったでしょう?」
「肌を重ねず、言葉を交わさず、視線を合わせずってやつか?もちろんだよ。どうしようもないだろ、相手がその状態じゃ」
「もう一個ありますよ」
「え?」
「もう一個。覚えてないんすか?肌を重ねず、言葉を交わさず、視線を合わせず、心を揺らさず。好きになったらアウトです」
「でも、まじないみたいなもんだろう。そんな大袈裟に考えなくても」
「ははっ。まじないで飯食ってるのに、そういうこと言っちゃうんすか?」
「…」
「…変わりましたね、先輩。その目、まるで人魚だ」
「…」
「向いてないんすよ、先輩にはこの仕事」