レミング
「先生、人間のほかに自殺をする動物っているんですか」
「いるかもしれないね」
「…知らないんですね」
「動物とは話せないから、どうして死んだのかなんて分からないよ」
「でも動物は種の保存を第一に考えるから、自分でその母数を減らすなんて選択をしないでしょう?レミングだって、結局事故だったって話じゃないですか」
「自殺も事故みたいなものだと思うけど」
「事故?自殺が?」
「魔が刺したとか、ふいに嫌になったとか。案外そういうあやふやなものがきっかけだったりするでしょう?」
「それが意思なんじゃないですか?」
「じゃあ、ふとラーメンが食べたくなったとしよう」
「急になんですか」
「例え話だよ。ラーメン屋の前を通ったとか、本屋に置かれたグルメ雑誌を見たとか、ラーメンについて話す声が聞こえたとか」
「まぁ」
「でもちょっと歩いているうちに、そうでもなくなったりするでしょ?メールを打っているうちに、ラーメン食べたいなっていう気持ちがしぼんだりする。そもそもどうしてそんなにラーメンが食べたかったのかも分からなくなる。じゃあふいに死にたくなって、その気持ちがしぼむ前にたまたま実行に移せてしまったとすれば、それはもう事故じゃないかな」
「ふいに死にたくなるなんてあります?」
「幸せそうな家族を見たとき、明日の授業の準備をするとき、真っ暗な家に帰ったとき、貯金通帳を開けたとき、同い年の成功者をテレビで見たとき、電車が通り過ぎるとき、空が青いとき。なんだっていいよ。ラーメンなんかよりよっぽど多い」
「そういうのに遭遇することが事故だと?」
「そう」
「でも遭遇して、自殺という選択肢が生まれない方が普通ですよね。そういうのに出会って、死にたいって思うのは、普段から自殺を考えているからです。それはもう事故じゃなくて意思です」
「考えてちゃいけないの?」
「人間は劣った生き物だなと思っているだけです。種の保存のために生きないなんて、生き物としての退化ですよ」
「生き物は常に選択をして生きている。動物も植物も人間も。目的を達成するために選択をする。あなたの言う通り、たいていの生き物は子孫を残すために選択するけど、人間は種の保存よりも自分の目的を大切にする。それだけの違いだし、それはそれで尊いと思うけど」
「自分の気持ちを大切にした結果、自殺を考えるんですか」
「そうだね」
「矛盾しています」
「だから全部事故なんだよ。人間がこんなに面倒な生き物になったのも、何千年も歴史を紡いできて未だに何も変わらないのも。全部誰のせいでもない、ただの事故なんだ」