メモリウム

「これ、全部メモリウムですか?」
「お若いのによくご存知ですね」
「禁止されていますよね、ずいぶん前に」
「えぇ、違法です」
「いいんですか、こんなに」
「良くないですよ。警察に見つかったら捕まります。だからどの店も扱わなくなった」
「どうして辞めなかったんですか?」
「ここがメモリウムを扱う店と知って来てくださったんですよね?」
「えぇ」
「それが答えです」
「?」
「今もメモリウムを求める方がいる。それにお応えしたいので」
「そんな理由で?」
「…お客さまはどうやってこの店を知りましたか?」
「祖父が言っていたんです」
「メモリウムについても」
「祖父から」
「では思い出してみてください。おじいさまがメモリウムについて話しているとき、そこに懐かしさや喜びはありませんでしたか? もう一度手にしたいという子どものような欲望は? いくら禁止したところで、これの価値は変わらないんです」
「だから、法を犯してまで?」
「かつて遠い異国の地で酒が禁止されました。それでも人々はその味を、酒がもたらす楽しさを忘れられなかった。だから国に隠れてこっそりと作ったんです。そうして求める人に売った。当時それは罪でした。でも今はどうです? 酒は普通に売っていますよね」
「メモリウムもいつか普通に売られるようになるんですか?」
「どうでしょう。酒が禁止された経緯と、これが禁止された理由は違いますから」
「じゃあどうして」
「先ほども申し上げましたが、求める方がいるからですよ。メモリウムで救われる方がいる。救える手段を知っていてそれを作らないのは、見殺しにすることと同じだと思うんです。それこそが罪だと」
「人を救うとか…そんなにすごいものなんですか」
「おや、ご存知ない?」
「あまり詳しくは…」
「ではなぜこの店に? 見つけるのも簡単ではなかったでしょう」
「これを引き取ってほしくて」
「これはまた立派なメモリウムですね。ここまで持ってきたんですか?」
「えぇ」
「捕まりますよ」
「家に置いていても捕まりますから」
「おじいさまのものですか?」
「分かりません」
「中身の確認ですか?」
「いえ、処分してください」
「どなたのものか分からないのに?」
「……検討はついてます」
「…メモリウムについて、詳しくはご存知ないとおっしゃっていましたね」
「えぇ」
「これは簡単に言えば人の記憶です。記憶の保管装置。正確に明瞭に、記憶が細部に至るまで長く保存されるように作り出されたもの。完全な状態で残したい記憶を保管しておいたり、忘れたくても忘れられない記憶をメモリウムにして外へ出してしまったり。人の記憶を見ることもできます」
「人の?」
「映画のフィルムだと思ってください。といっても映画のフィルム自体をご存知ないですかね」
「なんとなく分かります」
「それは良かった。メモリウム自体がフィルムですから、しかるべき装置を使えば誰でも見ることは可能です」
「そんなすごいものなんですか」
「だからこそ犯罪に使われることも多かった。もとは歴史の保存や伝承といった学術的利用、トラウマの解消という医学的利用を目的としていましたが、記憶にまつわる欲望も悩みも尽きないですからね。金儲けの手段にされ、今では絶対禁止の代物となってしまったんです」
「じゃあこれは…」
「どなたかの記憶です」
「…」
「処分してよろしいんですか?」
「記憶をメモリウムにすれば、その人は忘れてしまうんですよね?」
「えぇ」
「じゃあ処分してください」
「メモリウムを処分すればその記憶は消えてしまいます。もう二度と思い出すことはできません」
「いいんです。処分してください」
「……仕事柄、よく考えるんです。記憶にはどれだけの価値があるのか。人間は、生まれ持ったものよりも経験から性格が形成されるという説もある。それなら記憶は、その人を形作るもの、魂と同じなのではないかと」
「…」
「部外者が余計なことを言いますが、…本当に処分してしまってよろしいんでしょうか?」
「構いません」
「中身の確認は?」
「しません。おいくらですか?」
「お代は結構です」
「タダ?」
「えぇ」
「本当に?」
「その代わり」
「?」
「こちらのメモリウムは私のもとで保管させていただきます」
「処分してほしいんですけど」
「お客さまのもとからはなくなります。これは本当に立派なメモリウムですから、ぜひコレクションに加えたい。もちろん記憶を盗み見るようなことはいたしません」
「この店にあるのは…、もしかして全部あなたのコレクションですか?」
「えぇ」
「これ全部…」
「気味が悪いですか」
「メモリウムの廃止が一定層の支持を得た理由は分かりました。自分の記憶が他人の手もとにあるというのはあまり気分のいいものじゃないですね」
「このメモリウムは、あなたの記憶なんですね」
「……えぇ、たぶん」
「持って帰られますか?」
「いえ。…作ったことすら忘れているなら、忘れた状態が幸せなんですよ、きっと」