幸せな物語
「さぁさ皆さまこれにて終劇。物語はおしまいです。……おやおや、まだ夢見心地な人がいますねぇ。ほら帰ってきてください。ハッピーエンドはお姫さまのもの。ここはあなたの物語ですよ」
「ねぇ、魔女はどうしたの?」
「おや変わったお客さま。姫をたぶらかした魔女の顛末が知りたいと?」
「魔女はどうなっちゃったの?」
「大釜で茹でられたんですよ。聞いてました?」
「大釜って熱い?」
「それはそれはもう。魔女の悲鳴は山を越えた隣町にまで響いたほど」
「それでどうなったの?」
「想像できるでしょう?」
「分かんない」
「それを私の口から言わせたいなんて悪いお人だ。魔女はね、大釜で茹でられて………いや、やめておきましょう。あなたのような何も知らない子どもに真実を教えてしまっては私まで釜で茹でられてしまう」
「どうして?」
「大人になれば分かりますよ。世界は驚くほど無慈悲なものです」
「誰も助けてくれなかったの?」
「魔女をですか?」
「うん」
「どうでしょうね。助けようとした者もいたかもしれませんが、助からなかったという結果がすべてですよ」
「どうして?」
「魔女が生きていてはハッピーエンドになりませんからねぇ」
「魔女にとってはハッピーエンドじゃないわ」
「お嬢さん、みんなにとってのハッピーエンドなんてないんですよ。物語はすべて主観だ。ストーリーなんかより、“誰にとっての”物語であるかが重要なんです。これはあなたが大人になる頃に役に立つから、覚えておいた方がいい」
「じゃあお姫さまにとってのハッピーエンド?」
「理解が早くて助かります」
「魔女のお話は?」
「そんなに気になるなら、あなたが書いたらどうですか?」
「え?」
「あなたが作ればいいんですよ。あなたの好きなように。物語はそうやって生まれてくるんです」
「書いたら読んでくれる?」
「えぇ、えぇ。読みましょうとも。それが例え万人から唾を吐かれる愚作であろうとも」
「約束よ」
「えぇ約束です。…さぁさ皆さまこれにて終劇。次に始まるは魔女に魅入られし少女の優しく愚かなお伽話。万人に幸せが訪れる慈悲深くも残酷な夢物語です」