ピエロ/パターンA
「やぁピエロ。無駄なことをしているね」
「誰だお前」
「僕のことはどうでもいい。それより君だよ、ピエロ」
「ピエロはお前だろ。コスプレかよ、だせぇ」
「もっと気にするべきことがあるのでは?」
「どうでもいいよ。お前がうちにいることなんて」
「おやおや。これは相当ひどい状態だ」
「欲しいなら全部やるよ、うちの物。金になりそうなもんはないけどな」
「金になりそうも何も、この家で物を探すのは骨が折れそうだ」
「…」
「なぁピエロ、自暴自棄になるのはやめた方がいい。君はまだ若いんだ」
「…黙っててくんねぇかな」
「そういうわけにもいかないね」
「邪魔するなら出てけよ」
「なぁピエロ?そんな細い紐が君を支えられると思うかい?」
「じゃあネクタイでも使えばいいか」
「その方が確率は上がるね」
「…」
「もっと確実な方法を教えてあげようか」
「なんだ」
「ビルの屋上から飛び降りるんだよ。快速電車に飛び込んでもいい。確実だし、痛みはない。…たぶんね」
「迷惑かかるだろ」
「迷惑?」
「下に人がいたらどうする?朝に遅延なんてしたら俺が呪われる」
「死んだ後のことなんて関係ないだろう?…それとも君は死後の世界を信じる人?」
「たしかに後のことは関係ないが、できることなら人に迷惑をかけずに消えたい」
「貸してた家で自殺されても迷惑だと思うけど」
「…できることなら、あまり多くの人に迷惑をかけずに消えてしまいたい」
「ピエロは、存外ユーモアのセンスがある」
「…」
「お探しの物は見つかったかい?」
「ないな」
「そりゃあこんなに汚い家じゃ、あるはずの物もなくなるだろう」
「…」
「…お探しの物はこれかな」
「あぁそれだ」
「あまり使っていないようだね」
「就職したとき母親にもらったんだ。スーツ着る仕事じゃねぇのにな」
「それは残念」
「…ん」
「あぁ、ごめんよ。はいどうぞ…それで首を吊るのかい?」
「補強だよ。お前が紐じゃ足んねぇって言うから」
「ずいぶん残酷なことをするね」
「…」
「…」
「…じゃあ何ならいいんだよ」
「こうしてはどうだろう。今日はちょっとやめてみるとか」
「お前、何しに来たんだ」
「勧誘に」
「勧誘?」
「興味あるだろ?」
「いや」
「君が今からやろうとしていることを考え直してくれるなら、今すぐにでも教えるよ」
「どの立場で言ってんだよ」
「お客さん、かな?」
「さっき言ったよな。邪魔するなら出てけって。止めたってやめねぇぞ」
「それは分かっているよ。でもねぇピエロ。今日捨てる命、明日だろうが明後日だろうが、捨ててしまうなら関係なくないかい?」
「関係あるね」
「おや?」
「俺は一刻も早く消えてしまいたいんだ。一分一秒が惜しい。今が最高のチャンスなんだよ。ほら今、今が」
「分かった分かった。じゃあ考え方を変えよう。今日よりも明日、明日よりも明後日の方が有意義に死ねるとしたら、君はどうする?」
「有意義?」
「迷惑をかけたくないと言ったね」
「あぁ」
「それなら、生きるごとに迷惑がかからないようになればどうだろう。君が生きるほどに迷惑をかける相手が減っていく。そうして最後、君は誰とも関係のない“どこかの知らない誰か”として死ぬんだ。…悪くない話だろう?」
「…まぁ、そうだな」
「じゃあ交渉成立ということで」
「おい、俺はまだやるとはひと言も…!」
「遅いよ、もう遅い。自分の言葉には責任を持つんだ。さぁピエロ、命をかけて、僕を笑わせておくれよ」