夏が来る
「セミのお腹は空洞なんよ」
「へぇ」
「分かる?空っぽなの」
「うん」
「何にも入ってないの。スッカスカなの」
「そう」
「そうなの」
「その割には重そうに飛ぶよね」
「あれは重いんじゃないの。飛ぶのが下手なの」
「詳しいね、好きなの?」
「好きじゃないの。嫌いなの」
「嫌いなのに詳しいの?」
「詳しくない。知ってるだけ」
「そう」
「好き?」
「何を?」
「セミ」
「んー…普通かなぁ。嫌いじゃないけど、好きでもない」
「どうして?」
「どうしてって…。まぁ嫌いになる理由がないから。刺すわけでも毒を持ってるわけでもないでしょ?うるさいなとは思うけど夏の間だけだし、そういう生き物なら僕が文句を言うことでもないし。かといって好きになる理由もないし」
「ふーん」
「嫌いなんだっけ?」
「そう。嫌い」
「どうして?」
「だって死ぬでしょ?」
「まぁ、そうだね」
「パタパタと死んでるでしょ?道端で。ねぇ、人が道で死んでるの見たことある?」
「それはないなぁ。ネコとか鳥とかならたまに見るけど」
「たまにってどれくらい?」
「1年に1回、あるか、ないか?」
「はじめて死んだ生き物見たのいつ?」
「えぇ?いつだろう。覚えてないよ、そんなの」
「思い出してよ」
「うーん、ちっちゃい頃だしなぁ」
「何が死んでた?」
「分かんないけど…アリとか虫とかじゃない?巣とかつついて遊んでたし、蚊だって潰すからね」
「アリも蚊もちいちゃいね」
「小さいね」
「それ、死んだって思う?」
「どういうこと?」
「生きてるのと死んでるの、なんか違った?」
「あんま考えたことない」
「じゃあセミは?転がってるセミ見てどう思う?」
「死んでるなぁって思う」
「どうして?」
「どうしてだろう。うるさかったのが静かになってるから?明らかに地面に落ちてるから?セミの命は短いってみんなが言ってるからかもね」
「死んでるなぁって思うでしょ」
「うん」
「セミはね、死ぬんだよ」
「そうだね?」
「一番近くの死体なの」
「そう言われてみれば、そうなのかな?」
「だから嫌い」
「そう」
「そうなの」
「じゃあどうして空洞だって知ってるの?」
「知らない。知らないけど知ってるの」
「気にしてるからなのかな」
「何を?」
「セミを」
「気にしてない」
「気になってるんでしょ」
「違う」
「僕は思いもつかなかったよ。セミが身近に転がる死だなんて」
「気にしてないからだよ」
「そうだね、気にしてない」
「うん」
「だから、気にしてるんでしょ?」
「私が?」
「違うの?」
「違う」
「そう?」
「そう」
「そっか」
「そうなの」
「じゃあ、そういうことにしよう」
「そうしよう」
「ところでさ」
「なぁに?」
「今年ももう夏だね」