正論を振りかざす
「あなたがおっしゃるのは正論だ」
「そうですか?」
「えぇ。100人が100人『正しい』と判断する正論」
「それが何か」
「いや、窮屈な人生だと思っただけです」
「失礼ですね」
「すみません。思ったことは言わずにいられないタチでして」
「まぁ窮屈だと思いますよ。だから友人もほとんどいません」
「ご友人?違いますよ。あなたが窮屈だと言ったんです」
「私が?」
「えぇ」
「どうして私が窮屈なんですか」
「正論を言う人はご自分も正しくないといけないでしょう?もちろん口だけという人もいますけど」
「私はそういう人種ではないと」
「あなたはすべてが正論です。自分を語る言葉でさえ、すべて」
「高く買っていただいているところ恐縮ですが」
「?」
「そこまでできた人間ではないですよ」
「と、言いますと?」
「私だって自分の言葉に反するときがあります。他人には苦言を呈しておきながら、自分の行いを正せていないときがあります。案外無責任ですよ、私は。自分の言葉に対して」
「それは、無責任な人間の言葉ではないと思いますけど」
「……何が言いたいんですか?」
「何か言いたげですか?」
「えぇ」
「そうですかね?思ったことを口にしているだけです。言いたいことがあればとっくに言っていますよ。ほら私…」
「思ったことは言わずにいられない」
「えぇ、その通り」
「特にないならいいんです。ただ、妙に私の言葉にこだわるなと思っただけで」
「あぁ、なるほど。それはそうですね。えぇ、こだわっています」
「?」
「あなたはいつかご自身の正論に殺される。できることなら、その前に止めて差し上げたい。私、存外あなたのことが好きなんです。分かりやすいし、扱いやすいじゃないですか」
「親切…ではないですね。やっぱり失礼です」
「ふふ、誰しも頭の中では失礼なことを考えているものです。それを言わないってだけで」
「言わないのが常識なんです」
「ほらまた正論」
「これは一般論」
「正論を振りかざして抵抗できない相手を痛ぶるのも、それで悦に浸るのも結構ですが、ほどほどにすることですね。あなたもよく分かっているでしょう?」
「…」
「分かってて続けているんでしょう?」
「…」
「……ふふふ、ここまでにしておきましょうか。私は正論なんかに殺されたくありませんから」