理想と現実

「お前のいう理想の人間は絵に書いたような聖人だな。よく笑い、よく泣き、非の打ちどころがなく、誰からも愛され、皆を愛し、親切で、後ろめたいことなど何ひとつない。そうなりたいのか、お前は」
「なりたいね」
「なれるとでも?」
「現にそういう人はいる」
「それは一部分しか見えていないだけだ。きれいに飾り立てた一部を見て、聖人だと判断しているにすぎない」
「だとしても、他人からそう見えているのならその人は聖人だよ」
「ならお前だって聖人だろう」
「俺は違う」
「そうか?俺からは聖人に見えるがな」
「それはお前が俺の一部分しか見ていないからだろう」
「あぁそうだよ。それでも俺から聖人に見えているなら、そいつは聖人なんだろう?」
「屁理屈だな」
「お前がそう言ったんじゃないか」
「違う、そうじゃない。俺は違う」
「何が違うんだ。何も違わないだろう」
「違う。俺は違うんだよ」
「お前も大概面倒な性分だな」
「…」
「潔癖すぎるんだ。人間はそんなにきれいなものじゃない。誰だって面倒くさいことより楽なことをしたいし、辛いことより自分の好きなことをしたい。これだけ有象無象に命があればいろんなものと出会うだろうし、いろんなことに出くわすだろう。それに対して腹を立てることだって、もちろんあるだろうよ」
「…俺以外の人間は大抵聖人だ」
「聖人は存在しないよ。いるとすればお前のバカみたいに固い頭の中にだけ。言っとくがお前のそれは、他人の良いところを見つけるなんてそんなきれいなもんじゃないからな。人間に向き合ってないだけだ」