種をまく人

「『まく』という字を書けるかい?」
「まく、ですか?」
「そう、種を『まく』」
「ちょっと…分からないですね」
「草冠に時、と書くんだよ。時間の時」
「へぇ、素敵ですね」
「あなたは未来に行きたい?それとも過去?」
「行けたらいいですね」
「行けるんだよ」
「へぇ、それは素敵だ」
「じゃあねぇちょっと待ちなさいこれをね…」
「ごめんなさい、もう会社に戻らないと。名残惜しいですが私はこれで」
「こら。年寄りの話は最後まで聞くもんだよ」
「すみません、急いでいるので」
「急いでる人間は平日の昼間に公園にいないんだよ。きれいに仕立てたスーツを着て、なんだい、リストラかい」
「休憩してただけです。今から戻ります」
「ならもう少し休憩していきなさい」
「急いでるんですよ」
「タイムスリップできるとしたらどうだい?話を聞きたくなったろう?」
「…おばあさん、失礼ですがカバンか何かお持ちじゃないですか?首からお守り下げてたりしない?」
「どうしたんだい?いきなり」
「ご自宅の住所が知りたいだけです。ご家族が心配していますよ」
「徘徊しているわけじゃないよ。私はちゃんと理由があってここにいるし、意味があるからあなたに話しかけた」
「そうなんですね。でもお家に帰らないと」
「信じてないね?」
「私の祖父もそうだったんです。あぁ、交番でもいいか。ちょっと立ってもらってもいいですか?あちらまでお散歩しましょう」
「急いでるという割には親切だね」
「言ったでしょう?祖父もそうだったんです。あなたを交番に送って行ったら急いで会社に戻ります」
「その時間があるなら話を聞きなさい」
「……はぁ…分かりました。何ですか?」
「『まく』という字は草冠に時と書く」
「そうですね」
「その理由を知っているかい?」
「さぁ」
「この種を蒔けば、時間を行き来できるからさ」
「へぇ、素敵ですね」
「会社員の『素敵』がただの社交辞令であいづちだってことくらい分かっているよ。バカにするんじゃない」
「それは偏見だと思いますけど…」
「あなたは過去に行きたいの?未来に行きたいの?」
「じゃあ未来ですかね」
「それはどうして?」
「どの株が上がるか分かれば、働かなくていいでしょう?」
「夢がないね」
「夢のような話ですよ。これ以上ないくらい」
「やり直したいことはないのかい?」
「ありますけど、それを変えたところですべてが良くなるとは思えませんから。状況はもっと悪くなるかもしれない。自分のくだらないプライドを慰めるより、確実なものが欲しいんです」
「ならこれをあげよう」
「なんですか?…種?」
「その種を蒔いてごらん。咲いた花の数だけ未来に行ける。ひとつの花につき1年だ。白い花なら友人に、赤い花なら愛する人に、黄色の花なら家族に会える」
「株価が分かるのは?」
「そんなの新聞でも読みなさい」
「これ、いくらですか?」
「お代はいらないよ。親切にしてくれたお礼さ」
「そうですか?ではお言葉に甘えて。ありがとうございます」
「じゃあ私は帰るよ。用事は済んだ」
「もういいんですか?」
「あぁ」
「お家、分かります?」
「あなたもしつこいね。分かっているよ。…でも、未来を選ぶとはねぇ」
「え?」
「そんなに大きな後悔を抱えて、未来を選ぶのも珍しい。人それぞれ考えがあるもんだね。それがこの商売の面白いとこさ」
「それってどういう…」
「常に後悔のない選択を。選んだからには未来をしっかり見てきなさい」
「あの…、もしかして本当なんですか?タイムスリップって…」
「あなたより長く生きた人間からのアドバイスだけど、ときにはバカになることも必要だよ。物分かりが良すぎても損をするからね」