命の看板

「命を大切に」
「ん?」
「いや、それ」
「あぁここね。有名な自殺スポットなんだよ」
「取り壊してれば良かったのに」
「そう簡単にいかないんでしょ。所有権とか相続とか」
「『命を大切に』って言われて…思いとどまるもの?」
「どうだろう。人それぞれじゃない?」
「…私だったら腹が立つと思うんだよね」
「どうして?」
「これは…私の、考えだけど」
「うん」
「死ぬだけが命を粗末にすることじゃないんじゃないかな。死にたいって思った人は、たぶん、他人に命を粗末にされ続けて、耐えきれなくなって、『死ねば楽になれる』って思って、ここに来るわけでしょ。だとしたらこの『命を大切に』っていうのは、死のうとしてる本人じゃなくて周りの人に言うべきじゃない?」
「それは同感」
「だいたい全部被害者に押し付けすぎなんだよ。痴漢されたくなきゃズボンを履け、詐欺にあいたくなきゃ電話に出るな、夜道を歩くな、疑われるような行動をするな、窓を開けて寝るな」
「なんかやけにリアルなの混じってたけど」
「悪いのは加害者でしょ。どうしてこっちの行動が制限されなきゃいけないの」
「それはだって、相手はすでに行動を制限できない人種だからでしょ」
「?」
「被害者とか加害者とかになる前、私たちは同じ社会で生きる普通の人だった。みんなで法律を守って集団生活を営んで。でもそのルールを破って犯罪をおかす人がいる。それが犯罪者。そもそもあるルールすら守れない人に『これはしてはいけません』『あれをしてはいけません』って言ったところで無理なんだよ。だって守れないんだから。っていうかすでに破ってるんだから」
「…」
「起きるものだと思って身を守るしかない。いつ雨が降ってもいいように傘を持って歩きましょうねっていうのと一緒。備えあれば憂いなし。みんなそう言うでしょ?」
「理不尽すぎない?」
「理不尽じゃないことがこの世界にある?」
「だから『命を大切に』?」
「それしかないんじゃないかな」
「思いとどまる?『命を大切に』って言えば思いとどまってくれる?」
「無理だね」
「どうして?」
「あなたが言ったように命を大切にしてこなかったのは私じゃないし、私は命を大切にしているから終わらせるんだもん。これ以上、私が傷つかないために。誰も助けてくれないんだから、私が私を助けてあげなくちゃ。この世界から逃してあげなくちゃ。『命を大切に』。掲げるなら小学校のうさぎ小屋か、並木道の花壇がいいとこじゃないかな。こんな寂れた自殺の名所じゃ、なんの意味もない。私の命を蔑ろにしたみんなが悪いのよ」