不幸になる資格

「怖い?」
「怖くないよ」
「震えてる」
「武者震いだよ」
「誰の言葉?」
「え?」
「武者震いって、誰の言葉?」
「僕の言葉だよ?」
「うそ。そんなにうまいこと言えないでしょ?」
「言えるよ。君の好きそうな言葉くらい」
「例えば?」
「今日は月が綺麗ですね」
「やっぱり人の言葉じゃない」
「嫌い?」
「あなたからは聞きたくない」
「じゃあ誰から聞きたいの?」
「ほかの人なら」
「それは…ちょっとショックだな」
「…ふふ」
「何がおかしいの?」
「やっとあなたの言葉を聞けたから」
「…敵わないな」
「ねぇ、今なら引き返せるわ」
「ここまで来たのに?怖くなった?」
「怖いわ」
「君が来たいと言ったのに」
「私が来るのはいいのよ。あなたがここにいることが怖いの」
「僕?」
「こんなところに来るべき人じゃないでしょう?」
「君だってそうだよ」
「私はいいの」
「資格でもいるの?」
「そうね、いるかも」
「どんな資格?今すぐとってくるよ」
「無理よ。生まれたときから、持っている人と持っていない人がいるんだから」
「君は持っていたの?」
「えぇ」
「どんな資格?」
「死んで不幸になる資格」
「死んで不幸になる資格?」
「そう」
「不幸だから死ぬのではなく?」
「そう」
「ちょっと待って。整理するから」
「あなた、私を不幸だと思っていたの?だから死を選ぶと?」
「死ぬ理由なんて思いつかなかったから」
「違うわよ。私は今幸せだもの。あなたに出会えて」
「じゃあどうして…」
「自分で考えるんじゃなかった?」
「あぁそうだった」
「たぶん、あなたには分からないわ」
「資格がないから?」
「そう。分かる必要がないから」
「分かる必要はあるよ。最重要事項だよ」
「どうして?」
「僕は君のことをもっと知りたい」
「物好きね」
「君がすてきな人だから」
「蓼食う虫も好き好き」
「君は蓼じゃないし、僕も虫じゃない」
「上手な例えが見つかったら、反論を聞いてあげる」
「考えることを増やさないで」
「じゃあそれを考えながらゆっくりおうちに帰りなさい。あなたに不幸は似合わない」