私の恋心
「ほら、この手に力を込めればすぐだ。早くやりなよ」
「…」
「私を消すんだろう?早くしなよ、さぁ!」
「……無理よ」
「無理なもんか。私はこの首を差し出している。ここまでお膳立てすればバカなお前にだってできるだろうよ」
「…」
「消すと決めたのはお前だろう?」
「…」
「あの威勢はどこに行ったんだ」
「…」
「自分と同じ顔にはできないのか?」
「…」
「……あいつの顔になってやろうか」
「やめて!」
「なら早くしろ!迷うな!惜しむな!縋り付くな!あいつはもうお前のものじゃないんだ」
「分かってる…」
「…」
「そんなの一番分かってる。…あの子は最初から私のものなんかじゃなかった。あの子の心が手に入ったことなんて、一度もない。私は、いつも見てるだけ」
「…そうだな」
「分かってる。分かってるわよ…」
「なら早くしろ」
「…どうして、あの子だったのかな」
「私に聞くな」
「あの子じゃなかったら、かなっていたかもしれない。あの子じゃなかったら、こんな形であなたを消さなくて良かったかもしれない」
「後悔しても過去は変わらない」
「大事に…大事にしてたのよ、それでも。あなたのことは」
「どうだかな。私を見ないように、心の隅に追いやって、ふたをして閉じ込めて。生まれてからずっとそんな毎日だったよ」
「だって、そうでもしなきゃ笑っていられなかった」
「…」
「あの子の隣で笑っていたかった。あの子と一緒に笑っていたかった。それは今だってできるはずなのに、どうしてこんな辛いんだろうね」
「それがお前の望む形じゃないからだ」
「分かってること言わないでよ。うそでもいいから慰めてくれないの?」
「お前は自分の恋心にうそをつかないだろう?目を逸らしても、隠しても、うそをついたことはなかった。だから私もうそはつかない。生んだ人間に似るんだ、心っていうのは」
「似るんじゃなくて、あなたは私でしょう?私の恋心でしょう?」
「私はお前じゃない。私が消えたからってお前の何かが欠けるわけじゃない。ただそこに、ないという事実が生まれるだけだ。お前が消えるわけじゃない」
「優しいのね」
「…言ってて恥ずかしくないのか。お前の恋心だぞ」
「だって、あなたは私じゃないんでしょう?」
「あぁ…そうだな…」
「……うん」
「…もう早くしろ。この体勢も飽きてきた。見下ろされるのは好きじゃないんだ。背中も冷たいし」
「苦しくないの?」
「苦しいわけあるか。今まで散々苦しんできたんだ。お前はもう解放されたっていい」
「私じゃなくてあなたが」
「…さぁな。消えたことがないから分からん。あいにく大事に育てられたんだ、どっかのバカに」
「苦しかったけど、嫌いになったことはなかったよ…」
「知ってる」
「救われたときだってあったの…」
「知ってる」
「…大好きだった、…誰よりも」
「知ってる」
「…」
「ほら笑え。恋をしていたお前がどんなにかわいいか、私は知ってる」
「自分の顔に言われてもなぁ…」
「あいつに変わってやろうか?」
「冗談やめて…」
「さぁ、もうできるだろ?」
「うん…」
「…」
「ねぇ、」
「?」
「また、会えるかな」
「お前次第だな」
「そっか……今まで、ありがとう、じゃあね」
私の恋心