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第一夜

 こんな夢を見た。
 自分は友と二人して小さな扉の前に立っている。背後や左右は白い布で覆われていて、自分はどちらからやってきたのか思い返そうとしたがどうしてもわからなかった。どうやらずいぶん長いこと扉の前に立っていたらしい。水浴でもしたのか体はしとどに濡れ、自分と友の足元には滴る水が溜まっていた。寒くはないが落ち着かない。薄暗い中で水は粘りを帯びて体にまとわりついてくるように見える。
 古く傾いだ木の扉には、どうやら鍵もかかっていない。上のほうには硝子がはめ込んであるが汚れていて外の様子は見えなかった。扉を開ければ外に出られるのだが、どうして自分はこんな風に突っ立ったままでいるのだろう。ふと友の手に眼が留まった。
 だらりと垂らした両手の指のうすもも色の爪の下から肉が蔓のように伸び、伸びたその先が無花果のようにぶわりと膨らんでいる。色はそのまま肌の色だが、ごわごわとした皺がその表を覆い、硝子から差し込んでくる光の加減でどうかするとその皺が顔のように見えた。友は十個の無花果をぶら下げたまま俯いている。
 この手では扉が開けられないのも仕方が無いだろう。扉に手を伸ばそうとしたが友が前に立っているので届かなかった。私が扉を開けるからそこからどいてくれないかと声をかけたが、友はやはり扉の前から動かなかった。髪の毛が濡れて、海草のようにぺたりと首筋にはりついている。
 白い布の後ろから女の声がした。お前が友の代わりになるつもりがあるのなら、そいつを取ってやってもいいよと女はつまらなそうにいった。ぶらぶらとゆれる肉の果実のほうに視線を落としたまま、友はこちらを見もしなかった。女は張りめぐらされた布の陰にいて、こちらからその姿は見えなかったが、それでも自分の返答をうかがっているのがわかった。なんだかよくわからないままにうなずいてみた。それからそれではわからなかったかと思い直して、女の声が聞こえたほうへはいと声をかけた。
 すると自分の人差指の先から細い肉の糸が伸び始めた。うねうねと伸びた糸はあるところで止まり、そしてその先が水を流し込まれたように膨らみ始めた。右手を顔の前にあげ、育つ果実をよく見ようと近づけてみる。肉は膨らみ続けているのに全く重さを感じない。内から引き伸ばされて透けるようになった皮の表面には何かの油でも染み出てきているのか、果実は硝子から差し込むかすかな光をきらめかせている。こんなに綺麗なものなら一つくらいぶらさげていても好いかもしれない。そう考えていると女がなんだか嫌な声音で笑った。
 その途端に指先がいきなり重くなり、肉が萎んだ。なんだかぎゅうと強く握られて、みずみずしいものを全部搾り取られてしまったようだった。張り詰めていた皮が垂れて皺になった。皺がたくさん寄り集まっているところがちょうど陰になって、下を向いている人の顔のようだ。指先が重くてもう手を上げることができない。
 果実は友の顔をしているのがそのときわかった。


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