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第八夜

 チカと二人で、日時計の丘で影踏みをしている。影が長くなるこの時間には、日時計の上で影踏みをするのがここのところの二人のお気に入りだった。
 針の影の中にうまく隠れるようにくるくる回りながら、相手の影を縫い止めようと争う。チカと影踏みをするときには鬼は決めずに、互いの影をどちらが多く踏めるかを競った。
 日時計の台は卵形をしていて、表面には今ではもう使われていない数字が刻まれている。苔に覆われてそのうちのいくつかは読むことができない。だから本当のところ、これが確かに日時計なのかどうかはわからないのだけれども、村の人たちは皆この建物のことを日時計と呼んでいた。台の真ん中には一本の柱が立てられていて、それを時計の針なんだと言っている。針のところどころにもやっぱり緑色の苔が生えていた。
 日時計のあるこの丘までは、とても狭くてものすごく曲がりくねった道を登ってこなければならない上に、周りには豹の木が生えているだけなので大人たちはほとんどやってこない。豹の木の根が枯れると、その豹に生きた血が通って本物の獣になるという話が昔は伝わっていたらしい。もう信じていないと誰もが言うけれど、豹の木に触る人は今でもいない。
 本物の豹は一度だけ、旅芸人の檻の中にいるのを見た。豹の木に本当にそっくりだった。いつも見ているかちかちの植物が動いている。豹は何かの肉をがつがつと喰っていた。口元が真っ赤に染まっていて、その口を左右に振るたびにぶちりぶちりと肉がちぎれる音が聞こえた。
 旅芸人はほんの少しの間しか村にはいなかったので、どうも豹が餌を食べているところを見たのは自分だけだったらしい。豹の木の中に本物が息を潜めていて、迷い込んだ子供を頭から喰らってしまうという怪談は子供たちの間ではお決まりだったのに、あれから自分がその話をすると、小さい連中は泣き出すようになった。
 影踏みは続く。足元の影がだんだんと濃くなってくる。チカの足の反対側に回ろうとして、針に手を引っ掛けてくるりと回転した。すると日時計の針はぐらりと傾いて、ちょうど二人の真ん中に、間を遮るようにゆっくりと倒れた。音はしなかった。あんなに太くて長い柱だったのに、まるで手ごたえがなかった。
 チカの全身を燃え立つような色に染め上げていた光がふいと薄れ、夕日が沈んだ。その途端、折れた日時計の針の中から硬い殻を持った虫がぞろぞろと這い出してきた。まるで闇が流れ出してきたかのように、その虫たちは真っ黒だった。毛の生えた小さな足が殻の下から生えて蠢いている。あとからあとから闇の虫は沸いて出た。チカが小さく声を上げて後ずさった。くしゃりと小さな音を立ててその足の下で虫が潰れる。潰れた中から蜘蛛が出てきた。蜘蛛もやっぱり濃い夜の色をしていた。
 どこかから低い雷のような音が聞こえる。前に聞いたことのある音だ。自分の背後を見たチカが切り裂くような悲鳴を上げた瞬間、その音は旅芸人の檻の中から聞こえていたことを思い出した。

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